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2017年9月8日

歴史を想って読む「ほん」③『王道楽土・満洲国の「罪と罰」 帝国の凋落と崩壊のさなかに』

 

王道楽土・満洲国の「罪と罰」 帝国の凋落と崩壊のさなかに

松岡 將 著

同時代社 2016年 3024円

ISBN 978-4886838001

 

 満洲国。現在の中国では「偽満(ウェイマン)」と呼ばれ、日本帝国主義の徒花、傀儡(かいらい)国家、人工国家などあらゆる仮想現実的なイメージで語られる存在。しかしそれは日本人200万人を含む4000万の国民を擁し、その一人一人にとっては生活の場として、生まれ故郷として、あるいは夢の新天地として、確かに存在していた。その体験を語れる者は年々物故しつつあるが、著者はその残り少ない一人である。

 

 著者は父松岡二十世(まつおかはたよ)の渡満に従い少年時代を満洲で過ごした。その父の生き様を描いたのが前著『松岡二十世とその時代』だが、同書に描かれる戦前とは、国家が「國體(国体)護持」の名の下で思想弾圧を行う時代であり、満洲国でも、1941年から翌年にかけて興農合作社・満鉄調査部事件が起きた。本書は、この事件の顛末と、多くの無実の人を検挙する根拠となった「國體」なる概念を考究するものである。それは、検挙こそ免れたものの、治安維持法有罪の前歴から不当検挙を意識して過ごした父への、もう一つの手向けでもあるのだ。

 

 様々な資料から出来事を立体的に描き出す著者の筆力は本書でも遺憾なく発揮されている。そのため読み始めの時点では煩瑣な印象を抱くであろうが、読み進めるにつれてパズルのピースがつなぎ合わさってくると、事態の全貌が明らかになる。

 

 中でも治安法令についての記述は圧巻だ。馬賊を取り締まる法律しかなかった満洲国に急ごしらえで治安法令ができる過程、それが本家の治安維持法と比べても重罰である点、にもかかわらず検挙者のごく一部しか起訴に持っていけなかった点など、戦前日本国家が莫大な労力を傾けた「思想犯罪」がいかに有名無実なものであったかが浮き彫りにされている。「國體」についてはむしろ前著の方が分かりやすいが、これもまた空虚な言葉遊びにすぎなかった。しかし官僚機構は、既定路線に従い、あるいは自身の利害に従って暴走する。事件が東條内閣発足と軌を一にしていること、検挙の主体となった関東憲兵隊における東條人脈の存在、これらは偶然ではない。だがそうした官僚たちの狂奔が、後に満洲国を襲う運命に鑑みるといかに些末で的外れなものであったか、それは著者が折々に挟みこむ世界史的事件の叙述によって強調されている。

 

 本書は官僚機構が法を濫用するといかなる事態が起こりうるかを具体的な事件を通して示した好著である。人々の安全・安心を名目に国家の力が強まりつつある今日、本書が示した事実は改めて知られるべきだ。

 

※この記事は「ほん」399・400合併号からの転載です。「ほん」は東大生協が発行する書評誌で、さまざまな分野を研究する東大大学院生たちが編集委員会として執筆・編集を行っています。年5回発行、東大書籍部等で無料配布中。

 

【歴史を想って読む「ほん」】

①『寺山修司論―バロックの大世界劇場』

②『松岡二十世とその時代 北海道、満洲、そしてシベリア』

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