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2017年9月4日

歴史を想って読む「ほん」①『寺山修司論―バロックの大世界劇場』

 

「寺山修司論―バロックの大世界劇場」

守安敏久 著

国書刊行会 2017年 5832円

ISBN978-4336061355

 

 ―マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや―

 

 渋谷、ポスターハリスギャラリーにて、10年近く前、この一行に立ち尽くした日を忘れられない。ああ、天才っているんだ、と絶望に似た感覚に襲われた。以後、紆余曲折の末に一年ほど前から歌人として活動している私にとって、寺山修司は常に、第一に「マッチ擦る…」の作者である歌人であった。

 

 本書の著者にとっては、寺山は第一に演劇人であるのだろう。演劇、それに直接に接続する映画、テレビ作品、そしてそれに先行するラジオドラマが、本書の主な考察対象となっている。

 

 とりわけラジオ、テレビといった放送分野の作品に関しては、戯曲やフィルムといった形で後世の人が享受することが難しく、研究にも多大な労苦があったことが推察される。しかし著者の丹念な調査によって、そうした作品が後の寺山の代表作へと繋がってゆく過程が明らかにされる様は実に興味深い。

 

 また、寺山は戯曲を執筆しただけでなく、自ら天井桟敷の演出を手掛けたため、演劇人・寺山を知るには公刊されたテクストを読むだけでは不十分であり、実際の上演に立ち会った者でなければ、恐らく、真に理解することはできない。しかし演劇公演に立ち会う経験はごく限られた人々の間にしか共有されないものであり、そもそも論文というものは、実際の上演に立ち会うことのなかった多くの人に向けて書かれなければならない。その点で、演出を論じるという試みは常に矛盾を孕むが、著者は時に自身の記憶を参照しつつ在りし日の寺山の公演を丁寧に再現し、論じてゆく。その手際には、こうして伝えてくれる人の存在をありがたく感じると共に、寺山の死後に生まれた者としての嫉妬と羨望を感じざるをえない。

 

 ところで、本書の白眉は実は、補遺にあるのではないか。現在は寺山研究の第一人者として大学の教壇に立つ著者が学生時代から書き継いだ展覧会評、劇評、書評などが年代順に収められている。研究者としての論文だけでなく、様々な時期に多様な媒体に発表された文章が集められていることは、本書の論旨の核を成す、バロック、コラージュ、異なるものの組み合わせ、を体現しているようにも見える。

 

 テクストは作者の死後も同じ形で読者に開かれているが、演劇をはじめ寺山作品の多くは時代の刻印を帯びた形で存在する。生前の寺山に直接インタビューした経験も持つ著者による長年の研究の集大成は、私同様、寺山修司の死後に生まれた世代に嫉妬を噛み締めて読んでほしい一冊。

 

※この記事は「ほん」399・400合併号からの転載です。「ほん」は東大生協が発行する書評誌で、さまざまな分野を研究する東大大学院生たちが編集委員会として執筆・編集を行っています。年5回発行、東大書籍部等で無料配布中。

 

【歴史を想って読む「ほん」】

②『松岡二十世とその時代 北海道、満洲、そしてシベリア』

③『王道楽土・満洲国の「罪と罰」 帝国の凋落と崩壊のさなかに』

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