PUBLIC RELATIONS

2016年8月12日

いま東大生が「ほんき」に読むべき「ほん」③『森の生活―ウォールデン―』

Figure1

森の生活―ウォールデン―

ヘンリー・D・ソロー 著
佐藤谷重信 訳
講談社 1991年 1566円
ISBN978-4061589612

 

 「何故われわれは、こうも人生をあわただしく、無駄に生きて行くのだろうか?」(一四二頁)。十七世紀の科学革命と十八世紀の産業革命以降、私たちは機械制工場での大量生産や労働力の集中によって効率的で便利な暮らしを手に入れた。伝統的な生活や社会の構造は大きく変化し、大量生産や大量消費による自然破壊や、利潤と効率の追求による労働問題などが社会問題となった。こうした流れの中で、伝統的な暮らしや価値観を見直そうという自然回帰の思想や、自然や生態系を保護しようというエコロジーの思想が生まれた。

 

 ヘンリー・D・ソローはこのエコロジー思想や自然保護運動の先駆者となった十九世紀のアメリカの随筆家である。ソローは物質主義が蔓延する社会の中で、財産や金銭的な豊かさを手に入れるために労働に追われる生活から本当に充実した精神世界を得られるのかと問いかける。ソローは、「死を目前にした時、私が本当の人生を生きたということを発見したいと望んだ」(一三七頁)。そのために「人生に値しないものはすべて放擲し、大胆にわが道を進み、苦労を惜まずに徹底的にきびしい生き方を課し、人生を窮地まで追いつめ、人生を堕ちるところまでおとしてみることだ。」(一三七頁)と考えた。生活のレベルを下げることになっても精神世界を満たしたいと望んだ彼は、最小限の労働で自分の望む生活を送るために、コンコードのウォールデン湖畔の森で自給自足生活を始める。本書はこの二年間と二か月にわたる森での自給自足生活の実践記録である。本書の一章と二章では、彼がウォールデン湖畔に家を建て自活するに至った経緯が述べられている。三章以降では、森での孤独だが静かで充実した精神生活、四季折々の動植物や美しいウォールデン湖、自らの手で畑を耕し食料を収穫して自身を養い生活することにより、生きている充足感に浸る喜びが鮮明に描かれている。

 

 結局、ソローが森の生活で向き合ったのは、“生きること”だった。「快活で、活力にあふれた思想が太陽と共に歩む者にとって、一日はいつも朝である。時計が何時を刻んでも、人々がどのような生活をし、仕事をしようとも問題ではない。」(一三七頁)時間に追われる慌ただしい日々の中では、生きているという実感、生への緊張感が希薄になっていくように感じる。ソローの時代から数世紀経った今でも、忙しく過ごす日々の先には何があるのか、自分は何をしたいのか、考えさせられる一冊である。

 

※この記事は「ほん」からの転載です。「ほん」は東大生協が発行する書評誌で、さまざまな分野を研究する東大大学院生たちが編集委員会として執筆・編集を行っています。年5回発行、東大書籍部等で無料配布中。

 

【いま東大生が「ほんき」に読むべき「ほん」】

①『山怪 山人が語る不思議な話』

②『桜の花が散る前に』

③『森の生活―ウォールデン―』

④『東京帝国大学図書館 図書館システムと蔵書・部局・教員』

⑤『パタゴニアの野兎――ランズマン回想録』

タグから記事を検索


東京大学新聞社からのお知らせ


recruit

   
           
                             
TOPに戻る