東大入試を終えてほっと一息。受験勉強から解放され、大学での学びの扉を開く新入生に編集部員が一押しの本を紹介する。文理の枠を超えた教訓を含む本や、各分野の入り口となる本など、入学前の時間が取れる時期に読むのにぴったりなものばかりだ。これらの本から得られる気付きは、大学での学びをより深いものにしてくれるだろう。新型コロナウイルスの影響で学校が休校になっている人も、ぜひじっくり時間をかけ味わいながら読んでみてはいかが。
「東大で学べる」その意味は
『教育格差』 松岡亮二 著
教育は他の学問領域に比べて、誰もが「自説を持ちやすい」分野といえる。自分自身の実体験と照らし合わせて考えることができるからだ。また、教育に関するどのような議論や見解も「一理あり、完全に間違っていることはあまりない」。そのため、専門家でない我々が自説にとらわれたり、周囲からの「それらしい」情報に惑わされたりせずに、教育問題の実態を把握することは難しい。
議論を前に進めるために必要なのは、正確な実態把握だ。著者は本書で、徹底したファクトベースの姿勢を貫いている。豊富なデータと国内外の先行研究の綿密な分析を通じて教育格差の実態を浮き彫りにする本書は、専門家でない読者が教育を巡る現状を冷静に理解するための羅針盤となる。
一口に教育格差と言っても、その様態はさまざまだ。著者は各教育段階ごとに子どもの出身家庭の社会階層と出身地域を主な指標とした比較考量を行い、日本は「生まれ」で人生の選択肢や可能性が大きく制限される「緩やかな身分社会」であることを実証する。その書きぶりは極めてクールだが、行間からは著者の教育格差問題への熱く、真摯な思いが感じられる。
著者は本書の末尾で、その真摯さ故にある葛藤を抱えていたことを告白する。日頃、著者は教育格差やその生成メカニズムについて「良い生まれ」の学生に教えている。だがそのことは彼らに「助言」を与えることに他ならず、学歴の「世代間再生産を強化している」のではないかという葛藤だ。
一方で、読者も本書で得た知識を「活用」することで、将来自分の子どもの便益を図ることもできるかもしれない。ここで思い出したいのが、本年度の東大学部入学式での上野千鶴子名誉教授の祝辞の一節だ。「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください」
本書は自らの出自を顧みる契機をもたらしてくれる。入学前の今だからこそ、これまでの人生を振り返った上で、大学で学ぶ意味や理由を改めて考えてみるのはいかがだろうか。
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松岡亮二 早稲田大学准教授。12年ハワイ大学マノア校博士課程修了。博士(教育学)。19年より現職。
この記事は2020年3月3日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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