東大入試を終えてほっと一息。受験勉強から解放され、大学での学びの扉を開く新入生に編集部員が一押しの本を紹介する。文理の枠を超えた教訓を含む本や、各分野の入り口となる本など、入学前の時間が取れる時期に読むのにぴったりなものばかりだ。これらの本から得られる気付きは、大学での学びをより深いものにしてくれるだろう。新型コロナウイルスの影響で学校が休校になっている人も、ぜひじっくり時間をかけ味わいながら読んでみてはいかが。
子どもに教わることばの奥深さ
『ちいさい言語学者の冒険』 広瀬友紀 著
「これ食べたら死む?」などの「子ども語あるある」や、「なんで「しゃ」の中に「し」があるの?」などの子どもから投げ掛けられる素朴な疑問の数々。ほほ笑ましい「間違い」として深く気に留めない大人も多いだろうが、実は子どもの言語理解には、ことばの秘密を知る絶好の鍵が潜んでいる。子どもたちはことばを習得する過程で、大人の言うことを丸覚えしているわけではない。ことばの秩序を論理的に試行錯誤して整理する、いわば「ちいさい言語学者」なのだ。本書は、子どもの言語把握の事例を基に、言語習得や言語学について分かりやすく、楽しく紹介する。
なぜ、冒頭の「死む」のような言い方をするのだろうか。これには子どもお得意の、規則を最大限駆使して対応する「過剰一般化」が見られる。マ行動詞で「飲んだ・読んだ」というときとナ行動詞で「死んだ」というときの活用語尾はたまたま「ん」で共通している。子どもは「活用語尾に「ん」がある動詞はマ行動詞だ」という気付きを一般化させ、「死む」という動詞を生み出すのだそう。このように、子どもは実際に聞いたことのある表現のみを覚えるのではなく、何かしらかの規則を見つけ、その規則の運用範囲を調べていく中でことばを覚えていくのだ。
子どもは音の捉え方もまだ模索中。日本語の仮名表記を覚えた大人なら「しゃ」の表記に疑問を抱く人はいないだろう。しかし子どもが抱くこの疑問は、「しゃ」や「ちゃ」などの拗音表記の不自然さを気付かせてくれる。音声的に拗音は他の仮名と同様1拍で発音されるのに、表記は他の仮名の規則とは違って2文字で表されている。拍数と文字数が対応していないことに子どもは疑問を感じているのだ。なぜこのような実際の音声と文字表記のずれが起こるのだろう。答えは本書が教えてくれる。
何気ない子どもの会話に耳を傾けてみよう。豊かなことばの冒険の旅が、そこには見つかるはず。
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広瀬友紀 総合文化研究科教授。99年ニューヨーク市立大学でPh.D.(言語学)を取得。専門分野は心理言語学、特に言語処理。17年より現職。
この記事は2020年3月3日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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