2022年11月、反発をいとわず強く部を率いた東大硬式野球部旧主将・松岡泰希(育・4年)が、新主将・ 梅林浩大(育・3年)へとバトンタッチする時期が来た。「高いレベルで勝負することを知らない東大野球部の選手たちを、高いレベルで勝負する選手に変えるために1年間やってきた。けれど(自分の)やり方は良くなかった。(梅林は)別の方法を考えなきゃいけないんじゃないか」。松岡が梅林に託した「別の方法」 とは。 (取材・川北祐梨子)
「試合に出るよりもサポートのほうが楽しさを感じるほど、サポートが大好きでした」。そう高校時代を振り返る。甲子園常連の強豪・静岡高校で最上級生になるまで試合に出ることのなかった梅林。バットを磨いたり、相手校の分析をしたりとサポート役を長く務めた。 転機は東大硬式野球部に入部して迎えた最初の冬。部全体での練習が増え、梅林は1年生と上級生の意識の差に気付いた。「1年生は、お客様っていうか。チーム全体で勝つためにやるべき全体練習の場でも、自分個人のプレーで精一杯になっていて、周りが見えていなかった」。同期に対し「周りを見よう」と提言したこともあった。「勝つための道筋を知っていて、かつそれを見せられるのは僕だけだと。主将になるべきだと思いました」
リーダー経験の少ない梅林に大きな影響を与えたのが、明治大学野球部で昨年度主将を務めた村松開人(現・ 中日ドラゴンズ)だ。梅林とは高校同期で、当時は試合で活躍してチームを引っ張っていたという。しかし22年春季リーグ戦前、村松はけがに直面する。「試合に出られず、プレーで引っ張れない。どうするのかと思っていたら、村松は、チームを下から支える主将になっていた。自分のことより全体のことを考えて、良いチームを作っていた」。村松が主将を務めた1年で、明大はリー グ戦春秋2連覇、明治神宮野球大会優勝の快挙を達成した。
一方、東大では松岡が主将を務めていた。「勝つこと以外は何も重要じゃない」との強い言葉に反発も起きた。「僕らが六大学で野球をやらせてもらっている以上、 勝つことは至上命題ですし、僕も松岡さんと同じ考えです」と梅林。一方で持ち前の観察力を生かし、冷静にこうも語る。「全体の場で『勝つためにやるぞ』と言っても、 それだけではチームは同じ方向を見ない。例えば入部したての1年生や控えの選手に言っても、実感が湧かないと思う。僕は個人個人に寄り添って、結果的に勝つ方向に向かわせたい。難しいですが」
村松に遅れること一年、梅林の主将としての一年が始まった。「個人の能力が高い『勝てるチーム』よりも、組織として成熟した『勝つべきチーム』を作りたい」。 主将就任時、部員に対し語った言葉だ。「東大野球部員は、自分の与えられた役割を100%やるのは得意なんです。その反面、自分以外のことにアプローチするのは苦手。広い視野を持って、100%できていない周りのこともサポートすることで、組織全体として強くなる。そうやって成熟した穴のないチームは、どうやっても崩せない」
主将に就任してまだ日は浅いが、既にチームに変化の兆しが見られる。「『勝つべきチーム』がすごく浸透している。同学年も下級生も『勝つべきチーム』がどういうチームか、そうなるためにどうしたらいいか話し合っているみたいです。少しずつ、チームが同じ方向を向いているなと思います」。自分の主将としての役割も見えてきている。「僕がやることは、勝つためのお膳立て。勝つためにやるっていうのはこういうことだと示して、みんなが勝つための道に乗れるようにすることです。上の立場でも、サポートするやり方でいいんだと思いました」
まだ手探りの部分もある。昨年の東大は、最後に勝ち切れない悔しい試合を多く経験した。緊迫した場面で勝ち切るためには、競っている場面を想定した緊張感ある練習を普段からすることが重要だ。「勝ち切るにはまだまだ練習での緊張感が足りない。ただ、東大野球部は優しい人が多いので、厳しい言葉をかけて緊張感を持たせようとしても、萎縮してしまって、元も子もない。東大野球部ならではの緊張感の持たせ方を見つけたい」
その鋭くも温かい目の先に、果たしてどんな未来が開けるのか。春の神宮球場で、成熟した新しい東大野球を見せてくれることを期待したい。
<選手プロフィール>
梅林浩大(うめばやし・こうだい)(育・3年)
23年度東大硬式野球部主将。ポジションは一塁手。2年春からリーグ戦に出場。強打と、抜群の開脚角度で魅了する華麗な守備で球場を沸かせる。
・東大硬式野球部ファンへ「東大野球部が勝ち点を取り、最下位脱出を決める歴史的な瞬間にぜひ立ち会ってほしいです。また、今年は顔ぶれが大きく変わるので、フレッシュなメンバーを楽しみに見ていただきたいです」