一つのボールを巡り、投げて、打って、走って、守る。一見単純なスポーツに見える野球が奥深いのは、出場する9人の選手と、選手らを支える仲間が絡み合う「チームプレー」であるから、そして試合の勝敗の裏側に、選手たちや関係者の人生模様までもが見え隠れするからであろう。5月23日、神宮球場での東京六大学野球春季リーグ最終戦で勝利を飾り、引き分けを挟んだ64連敗のトンネルを抜けた、硬式野球部を取材した。(取材・撮影 園田寛志郎(情報学環教育部・研究生))
東大硬式野球部は、元エリート高校球児たちも集う東京六大学の中にあって、異色のチームである。リーグ戦発足当初から数多くの苦汁をなめており、記録的には確かに一番弱いチームかもしれない。しかし「野球が好きでたまらない」気持ちは、おそらく一番強いチームなのである。野球が好きで好きで、大学でも野球をやりたい。負けても負けても、東大硬式野球部は前を向いて、春・秋のリーグ戦に臨んできた。
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2017年秋季リーグ以来、東大硬式野球部は、引き分けを挟んで64連敗という長いトンネルの中にいた。昨年11月から主将となった大音周平(理・4年)は、入部以来、リーグ戦での勝ち試合を知らないまま、4年生として21年シーズンを迎えていた。今年の春季リーグでは、早大2回戦を引き分けに持ち込み、他校との試合も、終盤までリードできる試合運びを見せていた。「秋季リーグまで連敗を持ち越さない」(大音主将)意気込みが、チーム内にあった。
春季リーグ最終戦、5月23 日の法大2回戦。昨秋、上級生らで考えた「変革」というチームスローガンを体現するように「走る野球」が開花する。二回には代走で出た阿久津怜生(経・3年)が二盗を決め、松岡泰希(育・3年)の適時打での先制点は、阿久津渾身の本塁ヘッドスライディングだった。四回には、一塁に代走で出た隈部敢(文・4年)が、安田拓光(育・4年)の左前打で三塁まで進み、その後の敵失で2点目のホームを踏んだ。
先発投手の奥野雄介(文・4年)、2番手・西山慧(工・3年)は無失点で継投し、最終回のマウンドには、エース井澤駿介(農・3年)が立っていた。最後の打者を遊ゴロに打ち取ると、井澤はチームメートに向けて、会心のガッツポーズを見せた。
その瞬間「ホッとした」と語る大音主将にも、熱い思いが込み上げてきた。試合終了の整列で、多くの選手が号泣していた。東大硬式野球部は、意義ある勝利を飾ったのであった。
最終戦での勝利を走塁で手繰り寄せたように、今季リーグ戦では、東大が24盗塁を決め、最多盗塁チームとなっていた。来たる秋季リーグでは、「走塁で勝てる自信」(隈部選手)を引っ提げて、神宮球場を駆け巡る「走る野球」で、令和の赤門旋風を吹かせてほしい。
「赤門旋風」・・・81年春季リーグ戦で東大が6勝を挙げた時のキャッチフレーズ。