学術

2024年11月21日

オーロラが教えてくれたこと 学問を超えた先にある豊かさ

 

 2024年5月、日本各地でオーロラが観測された。10月にも日本各地でオーロラが観測され、米航空宇宙局(NASA)や米海洋大気庁などは、太陽活動が「極大期」に入ったと発表した。中緯度地域に位置する日本で観測されるのは珍しいことだが、約1400年前、飛鳥時代にも日本ではオーロラが観測されていたという。日本書紀で「雉の尾」に似た「赤気」と表現されていたオーロラは、1400年の時を超えて、今年日本の空に姿を現したのだ。オーロラの研究に取り組み、2020年には「雉の尾」の記述がオーロラのことであると明らかにした片岡龍峰准教授(国立極地研究所)に、日本でオーロラが見られる条件や文系分野との共同研究の意義について、話を聞いた。(取材・丹羽美貴)

※図はCanon Global「キヤノンサイエンスラボ・キッズ」、NTT「Beyond Our Planet」を基に、東京大学新聞社が作成。

 

用語解説

 

プラズマ→電気を帯びた粒子でできているガスのこと。太陽で高温に熱された原子が、正の電荷をもつイオンと負の電荷をもつ電子に電離し、電気を帯びた気体となる。

太陽風→太陽から吹いている風でプラズマの流れのこと。太陽表面から約2000km上空にある大気層で、100万度を超える高温のプラズマである「コロナ」が太陽の重力を振り切って流れ出したものである。

コロナ質量放出→太陽表面における爆発現象に伴いコロナからプラズマが大量に放出される現象。太陽の磁場を引きちぎって地球に強力な磁場を運び、磁気嵐のエネルギー源となる。

磁気嵐→地球の磁場である地磁気が太陽風によって乱れる現象のこと。大規模な磁気嵐は通信障害を引き起こしたり、停電につながったりする危険性がある。

電離圏→地球の高度約60kmから1000km以上にわたって存在する、大気が太陽紫外線やエックス線の吸収により一部電離した層のこと。電離圏に存在する酸素原子などとプラズマが反応することでオーロラは発光している。

 

オーロラの仕組み 日本で見られるオーロラ

 

──片岡准教授の普段の研究内容を教えてください

 

 主にオーロラと宇宙天気予報に関する研究をしています。宇宙天気予報では、太陽活動を報じたり、中でも地球に到達し、さまざまな影響を及ぼすような「磁気嵐」の発生を予測したりしています。宇宙天気予報では、一般的な天気予報のような未来に起こる事象の予測よりも、今現在太陽で起きている活動を把握し報じることが中心です。日本では情報通信研究機構がこの宇宙天気予報を公式に行っており、こうしたでータを用いて普段は研究を行っています。そのほかにも北極や南極、北海道などに設置したリモートカメラを用いてオーロラを観測し、オーロラに興味のある一般の方向けにSNSで発信する活動も行っています。

 

──オーロラが発生する仕組みを教えてください

 

 太陽から発せられるプラズマの流れである太陽風が関わっています。普段はこの太陽風が地球にぶつからないようにする「地磁気」という磁気を帯びたバリアが存在しています。このバリアが太陽風を遮ると宇宙空間で発電が起こるのですが、電流を流している電子が地球上空の酸素原子や窒素原子と衝突すると、緑や赤など様々な色に発光します。これがオーロラと呼ばれます。

 

 

太陽が発した電気を帯びた粒が大気中の酸素原子や窒素原子と衝突して発光し、オーロラとなる。
電離の仕組み。原子が太陽で高温に熱されると正の電荷を持つイオンと負の電荷をもつ電子に分離する。

 

──日本ではどのような条件の時にオーロラが観測されるのでしょうか

 

 普段は南極や北極などの極地で輪を描くようにして見られることの多いオーロラですが、非常に強い太陽風が吹き付けるとまれに日本のような中緯度地域でも観測されることがあります。太陽の磁場を引きちぎるほど威力の強い大量のプラズマが爆風によって地球に到達し、地球の磁気が乱れる大規模な磁気嵐が発生すると、普段は極地に留まることの多いオーロラの輪が世界の中緯度地域にまで広がり、日本でもオーロラが観測されます。これほど大規模にエスカレートした磁気嵐は数十年から数百年に一度の間隔で発生しています。

 

強い太陽風が吹くと磁気のバリアを破り地球にエネルギーが到達する。

 

──今年の5月に日本でオーロラが見られた際の太陽活動はどのような状況だったのでしょうか

 今回は大規模なコロナ質量放出が複数回発生しただけでなく、それらが合体したことで大きな磁気嵐が発生し、日本でもオーロラが観測される事態になりました。5月の太陽活動を振り返ると少なくとも三つの太陽風が合体していたことがわかっています。今回の磁気嵐は数十年に一度の規模だったと言えるでしょう。

 

──磁気嵐が発生すると私たちの生活にどのような影響を及ぼすのでしょうか

 

 まず、身近な影響として停電が挙げられます。オーロラが発生する際には、地球のすぐ近くに莫大な電流が流れているので、地球の磁場が変動し、地面にも誘導電流が流れます。発電所の変圧器にその電流が流れ込んでしまうと、変圧器が加熱されたことで故障し、世界全体で大規模な停電が発生する恐れがあります。停電だけでなく、電波や通信状況が悪くなることもありますね。テクノロジーが進歩している現代では、磁気嵐の影響が日常生活に出やすくなっています。

 

 また、宇宙環境が乱れることで測位の誤差が発生しやすくなり、位置情報が正確に測定できなくなることもあります。カーナビゲーションシステムにも搭載されている機能なので、将来自動運転などが進歩するとしたら、交通事故を引き起こす恐れもあります。また、コロナ質量放出というのは自然に放射線を生成する装置でもあるので、宇宙飛行士や将来宇宙旅行に出向いた旅行者などが被ばくする恐れもあります。このように、今現在だけでなく、近い将来に実現しうる技術にも大幅な影響を与える可能性があるのです。

 

アラスカのポーカーフラット実験場に設置したラズパイ全天カメラで撮影された今年10月の大規模な磁気嵐の様子。(片岡准教授の提供)

 

日本書紀「雉の尾」の記述とは

 

 奈良時代に編纂された古代の歴史書である『日本書紀』には「十二月の庚寅の朔に、天に赤気有り。長さ一丈余なり。形雉尾に似れり。(現代語訳:12月の庚寅の朔に空に赤い気が現れた。長さは一丈余り。形は雉の尾に似ていた。)」という620年の記述がある。聖徳太子も生きていた、飛鳥時代の出来事だ。ここに記されている「雉の尾」に似た「赤気」が何を指しているのかについて、長年に渡り議論が続いていた。「赤気」はオーロラだと主張される一方、彗星だと考える研究者もいた。

 

 片岡准教授をはじめとする国立極地研究所と国文学研究資料館の共同研究グループは、記述の中の「雉尾」に注目。当時の人々がオーロラをキジがコミュニケーションを行う際のディスプレイ行動や、繁殖期のオスが縄張りを示す際に鳴き声を上げながら翼を羽ばたかせる母衣打ちという動作で見せる扇形の羽の形状になぞらえたのだと解釈した。過去の共同研究から日本のような中緯度地域で観測されるオーロラは赤く、扇形の構造をしていたということが明らかになっている。こうした理由から、「赤気」が「扇形オーロラ」であると解釈するのが整合的であると2020年に発表した。

 

「雉の尾」日本書紀を読み解きたどり着いた発見

 

──2020年、『日本書紀』に記された「雉の尾」という記述がオーロラを表しているとする研究成果を発表されました。この研究をしようと思ったきっかけを教えてください

 

 もともと、『日本書紀』の中にオーロラと思われる記述があったことは知られており、長年専門家間で議論がなされてきました。それをプロジェクトとして本格的に研究をしようと発起したのが始まりです。このプロジェクトの以前にも国文学研究資料館の先生と協力して江戸時代のオーロラの絵図の研究をしたこともありました。

 

──国文学研究資料館の研究者との共同研究でしたが、どのように連携を進めたのでしょうか

 

 まずは『日本書紀』に記述されているオーロラと思われるような記述を洗い出すところから始めました。『日本書紀』の写本を複数参照すると、「雉の尾」の部分を「碓の尾」と記述した本もあり、どれが本来の記述かを検討することに苦戦しました。国文学研究資料館の先生方と正確な記述を追い求める中で、最も古いと思われる写本に「雉子」と書いてありキジのことを指しているのだという結論に至りました。写本の過程で、「雉」の「矢」の部分を誤って「石」に書き換えてしまったのだと思われます。

 

 また、文学的な表現と科学的な事実の対応関係を探る際にも協力しました。例えば、「雉の尾」の長さを「長一丈」と表現した部分では、「一丈の長さ」とはどの程度かを確認し、実際に空に広がるオーロラの長さと一致するかどうかも確かめました。本文にはオーロラが観測されたのは12月1日とあり、月齢と照らし合わせるとちょうど新月であったことから、月明かりがなく、オーロラが見えやすい環境だったこともわかります。

 

 記述がなされた620年は既にかまどや土器の生産も始まっていた時代です。粘土は、磁性を帯びた鉱物が含まれていると当時の地磁気の影響を受け、地磁気と同方向を向いて堆積したまま固化します。かまどや土器の粘土を分析し、当時の地磁気についても調査を重ねました。そうした科学的な知見から状況証拠を把握する上で、文学の分野の先生方と関わり合いながら納得のいく結論に至るまで議論を重ねました。

 

──さまざまな分野の先生と協力されたのですね

 

 そうですね。文献資料を読む中で、なぜオーロラをキジの尾にたとえたのかを不思議に思っていました。国立極地研究所に所属する鳥に詳しい先生にキジが本当に尾を扇形のように広げるのか話を聞いたところ、キジにはオスが縄張りを示す際に翼を扇のように広げてアピールするという生態があることを知りました。キジを撮影しているアマチュアの方がインターネットにアップロードしていた写真を見て、実際にキジが翼を広げている様子も確認しました。生物学的な特徴を追究したからこそ得られた視点もたくさんありましたね。

 

──文系分野と理系分野が共同して研究をする意義は何でしょう

 

 異なる分野でそれぞれ研究活動をしていて、普段は関わることのないような分野の人同士が交わり、新たな化学反応が起きる点にあると思います。私が普段研究を行っている国立極地研究所は国文学研究資料館が同建物内にあり、共同研究にはうってつけの、非常に恵まれた環境だと感じます。私は幸運なことに「すぐに結果に結び付かなくても良いから、一緒に研究をしていきましょうよ」と我々の研究に理解を示してくださる文学の先生と出会うことができました。普段は文学の研究をされている先生方と日頃から雑談を交わし、それが本格的な研究につながり、それぞれの分野のプロが協力して研究を進めた先に、私も文化的な豊かさに気づきましたね。

 

──「文化的な豊かさ」ですか

 

 はい。私はこの研究を通して、古典文学の面白さを感じました。以降、古典文献にも親しみ、当時の人々の考えに興味を抱くようになり、古典の持つ情報量の多さに感動しています。今後、国際化が進んでいく上で英語を話せるという能力だけではなくて自国の文化についての素養があることも大切だと思います。海外の方と交流を深める際に、お互いの文化を発信することで相互理解も深まっていくのではないでしょうか。そういった意味で、日本の研究者が日本の文化や歴史を掘り下げて研究を進めていくことには大きな意味があると感じています。それぞれの国の研究者が自国の文化に親しむことで、私が研究を通して古典に魅せられたように、きっと自国が持つ文化的な意義にも気がつくと思います。

 

 科学技術が進歩した現代ですが、過去の資料を振り返って研究することも意味のあることです。今回のような大規模な磁気嵐だけでなく、地震や津波といった自然災害にも日本は今後見舞われる危険があります。過去の資料を分析することで、1000年以上の日本の歴史の中でこれまでの人々が遺してくれた教訓を現代社会に生きる私たちにも引き継ぐことができます。

 

 また、研究をする際には「余裕」が必要だと思います。近年、テクノロジーのさらなる発展や新しい技術の開発など、世の中の役に立つものを効率的に生産することに注目がいきがちです。専門家はつい自分の専門分野の研究に忙殺され、他分野との交流が薄れてしまうこともあり、それは非常にもったいないことだと思います。自分の専門分野から一歩足を踏み出してみたら、思わぬ興味関心に出会えることもありました。一見役に立たないと思われることだとしても、さまざまな分野の専門家と関わりながら研究を深めるその環境がいかに豊かなものであるか、ひしひしと感じています。生成AIもすさまじい勢いで発展していますが、そうした今だからこそ人間の文化的な意義を再考することは非常に意味のあることですし、このような研究を許容する余裕のようなものが大切なのだと思います。私も何歳になっても知的好奇心を忘れずにいたいですね。

 

片岡龍峰(かたおか・りゅうほう)教授(国立極地研究所)/ 04 年東北大学大学院理学研究 科博士課程修了。博士(理学)。東大大学院理学系研究科 准教授も務める。13 年より現職。

 

【記事修正】2024年11月24日7時47分 「白や赤に発光します」となっていたものを「緑や赤など様々な色に発光します」に修正しました

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