東大の学生宿舎は従来、遠方からの学生向けに安価な住居を提供する学生支援の役割を担ってきた。欧米の大学では、寮生活の経験を教育の根幹として再評価する動きがある。国内でもシェア型の宿舎の整備など入居者の交流を重視する流れが広がっている。学生支援の在り方や、ただの住まいに限らない学生寮の可能性を探った。
(取材・渡邊大祐)
入居者の交流重視へ
駒場キャンパスから約1時間。主に前期教養課程の学生が入居する三鷹国際学生宿舎は、13平方メートルの個室で家賃は約1万円という安さだ。入居する学生は「入居者の交流は少なく、アパートに近い」と話す。
東大は1993年に三鷹国際学生宿舎を開設。法人化後もさまざまな学生宿舎の建て替え・開設を続けた(図)。留学生や実家を離れている学生を対象に月額数万円程度の低家賃で提供し、学生支援の役割を担ってきた。個室型が主だが、17年に完成した豊島国際学生宿舎B棟ではシェア型を採用するなど、近年は入居者間の交流を促進する動きがある。
昨年入居が始まった目白台インターナショナルビレッジも多くの部屋がシェア型で入居者間の交流が重視されている。学生や留学生に加え外国人研究者が共に生活。「単なる宿泊施設ではなく、学生の国際交流や地域交流、Society5.0を実現する施設として期待している」(学生支援や教育を担当する松木則夫理事・副学長)。シェア型の採用では欧米の一流大学の寮が参考にされた。欧米の一流大学では1年生の期間など寮への入居を基本とする場合が多い。寮での生活を教育の一環とみなす「レジデンシャル・エデュケーション」という考え方が根底にあるためだ。
残る学生支援の需要
「講義など従来の教育コンテンツがオンラインで公開されるようになった結果、寮生活での人間関係などアナログな教育は大学の役割として再評価されている」。こう説明するのは、日本でレジデンシャル・エデュケーションの普及に取り組むHLABの高田修太理事だ。実際、米ハーバード大学は21世紀の居住型リベラルアーツ教育のスタンダードを創ると宣言し、寮の再整備などを進めている。米Facebook社がハーバード大の寮のルームメイトで創業されるなど、イノベーションの場という点でも注目を集めてきた。
ハーバード大OBでHLABの小林亮介代表理事は、寮の整備には多額の費用がかかるが、それは経営上の投資だと指摘する。欧米では日本より大学の寄付金が多く、財源に占める割合も大きい。寮生活を通して学生に充実した大学生活を提供することは、将来の寄付につながりやすいという。
一方東大をはじめ日本の大学では、留学生や上京する学生に安価な住居を提供する学生支援の側面が重視されてきた。特に家賃相場の高い東京では安価な住居の意味は大きい。法人化後、国からの運営費交付金の削減など財政状況は厳しくなる中、学生支援の側面をどう捉えるか。松木理事・副学長は法人化後の宿舎整備について「経営的な視点は強まったが、運営の一部を民間に委託するなどコストを削減して家賃を抑えるなど学生支援の側面は残してきた」と語る。経済的困窮度が高い学生には家賃を1万円に減額する制度もある。豊島国際学生宿舎B棟のこの制度の利用者は定員の半分程度であるなど「現在の戸数は経済的困窮学生の支援として一定の役割を果たしている」と松木理事・副学長は語る。
ただ、学部後期課程の学生が主に居住する追分国際学生宿舎と豊島国際学生宿舎は満員の状態。東大が18年に実施した学生生活実態調査でも、自宅外学生のうち約半数が「入居する」「入居費による」と答えて学生宿舎への入居を希望した一方、実際に入居している学生は1割弱にとどまった。今後は、目白台インターナショナルビレッジの完成による変化は考えられるものの、低家賃の宿舎という学生支援の観点からの需要はいまだ根強い。
宿舎体験の充実を
欧米の大学同様、東大も大規模公開オンライン講座でインターネット上で無償のコースの提供を行うなど授業が大学外でも受けられるようになった。大学内でしかできない学びの一つとして、寄宿体験をより重視することは必須だ。国内では上智大学や明治大学がレジデンシャル・エデュケーションを目的とした宿舎を新たに開設するなどの動きもある。
今後東大の宿舎がレジデンシャル・エデュケーションと学生支援の双方を充実させていく上での課題は何か。HLABの小林代表理事は居住者が有意義な交流を行うためには、偶発的な交流が生まれやすい建築設計や、交流行事などのソフト面に加え、寮での交流が人生で大事なものになるという入居者の期待感の醸成が重要だとする。「期待感を醸成するためには、大学が寮でのコミュニケーションの重要性をより強調し、教員も含めた関わりを持つべきです」
松木理事・副学長は「財源や土地の確保などの課題があるので、現時点では学生宿舎の新たな建設は予定していない」という。財源を巡っては環境の変化もある。2016年に行われた国立大学法人法改正により、土地の貸し付けへの規制が緩和された。貸し付けた土地で民間資本による宿舎整備も考えられる。
学生支援に加え宿舎体験を充実させること。デジタル化時代の大学教育の在り方という根源的な問いからの従来の宿舎像の見直しが必要とされている。
この記事は2020年1月14日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。
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