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2020年7月9日

【法人化15年 東大の足元は今】②国際化 東大では未だ途上 学生も意識改革を

 各種大学ランキングの結果が発表されるたびに、その低さが話題になる東大の国際性。後押しする国の方針もあり、東大も国際性向上のためにさまざまな策を講じているが、いまだに決定打は打てていない。本記事では大学における国際化の必要性、今後の在り方をさまざまな視点から検証していく。

(取材・中井健太)

 

 

 タイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE)世界大学ランキング日本版2019を見ると、東大の国際性のスコアは63・8で国内44位。総合順位の2位に比して、大きく低い位置につけた。外国語授業の開講比率は9・8%と旧七帝大で6番目、学生の留学率も7・2%で4番目と決して高くない。

 

 大学も全学交換留学プログラム(USTEP)や主に英語話者の留学生を対象にした教養学部英語コース(PEAK)、国際総合力認定制度Go Global Gatewayなどの制度を整備、事務組織の改組も含めて国際化の進展を目指している。その成果もあり、THE世界大学ランキングのInternational Outlook(国際性)の項目はここ10年で倍近くにスコアを伸ばした。

 

 しかし、留学制度は所属する学部よってはほぼ留年が前提となったり、PEAKではPEAK外部の学生との交流が極端に少なかったりと、抱える課題は多い。

 

東大生は留学しない? 海外派遣学生増加への道のり

 

 15年まで国際本部長(当時)を務めた羽田大学執行役・副学長(東京カレッジ)はUSTEPの整備により「学部単位で行われていた後期課程進学後の留学サポートを本部でできるようになった」と評価する。学部ごとに結んでいた海外大学との協定を本部が結ぶことで、効率化、学部間の不公平の解消が進んだ。今では東大が結んでいる交換留学協定の数は81に上り、1セメスターに470人が留学できるだけの枠が用意されているという。

 

 しかし、10年から順調に数を伸ばしてきた全学交換留学生はここ数年、100~150人前後で推移しており、交換枠も余っているのが現状だ。国際交流課の紫村次宏特任専門職員は「就活や進学選択への影響、留年の可能性など、さまざまなリスクを勘案したうえで留学を選択するのは、現状だとこのくらいの人数となってしまうのかもしれない」と言う。羽田大学執行役・副学長は、留学先と東大の単位互換について、部局の独立性が一つの障害になっていると指摘する。「留学先の単位を東大のどの授業の単位として認定するかはそれぞれの学部が決めること。その時に単位互換に積極的な学部と、自分のところでの授業を大事にしたい学部という違いは出てくる」

 

 

 実際に交換留学した学生の中でも留年のリスクに対する反応はさまざまだ。「将来を考える猶予ができたこと、東大の授業も好きなこと」から「留年は特に気にならなかった」(工・3年)と言う学生がいる一方、「留年を避けるため1学期のみの留学を申請したが、短すぎたという後悔があるので、1年留学しても4年間で卒業できるような制度を整えて欲しい」(経・3年)という声も。

 

 留年のリスクに加え、経済的な負担も大きい交換留学が停滞する中、学生の国際化を進めていく際に重要になるのは短期のサマー・ウィンタープログラムだと紫村特任専門職員は語る。サマー・ウィンタープログラムは学生からの人気も高く、応募が定員の2倍近くなることもあるが、プログラムの拡大を試みるときに課題になるのが学事暦だ。「海外大学のプログラムを開拓するときに他の海外大学向けのものを転用できないため、日本特有の学事暦は大きな制約になる」

 

 18年度には国際交流への参加の敷居を下げることを目的とした国際総合力認定制度・Go Global Gatewayが創設された。海外留学という国際化のみならず、外国語の授業の取得や学内での国際イベントへの参加を含め、学生たちの国際化に関連するさまざまな経験を大学として承認することを宣言したのが国際総合力認定制度だ。「本制度創設にあたって五神真総長を始めとする当時の執行部は国際的な体験を積むことを応援したいという意向が強かったと理解している」と語るのは国際化担当の理事・副学長を務める白波瀬佐和子教授(人文社会系研究科)。白波瀬教授は「学部生のごく一部は国際化に積極的にかかわろうとする、高いモチベーションがある。一方、残念ながら多数は積極的になれない状況があり、その差は決して小さくない。そのことに対する危機感は執行部で共有されていると思う」とも語る。グローバルキャンパス推進本部国際化支援室長の矢口祐人教授(総合文化研究科)はGo Global Gatewayを「留学への潜在的な興味を引き出すための最初の一歩」と評する。10月末時点では1年生1200人、2年生600人の登録があるが、矢口教授は来年以降、もっと登録者が増えてほしいと語る。「東大にグローバルな人材にならなくていい学生は1人もいない」

 

 課題は、学生のGo Global Gatewayに対する理解が不足していることだ。「国際総合力を認定、と言われてもピンと来ない」学生が多いのではないかと白波瀬教授は危惧する。「学部の4年間をかけて完成するプログラム。制度の基本的枠組みを学生たちに理解してもらうよう、学内広報にも力を入れていきたい」

 

PEAK運営を通して見える内なる国際化の課題

 

 学生を外へ送り出すのと同様、国際化の大切な指標となるのが、海外からの学生や研究者の呼び込みだ。学部レベルでのこの動きを代表するのが、2012年に学生の受け入れを開始した教養学部英語コース(PEAK)。元は08年に文部科学省が大学の国際化を推進するため策定したグローバル30の公募に応えて、12年に設置されたもので「当時の秋入学などの議論との絡みの中で始動したものと理解している」とPEAK/GPEAK統括室長の渡邊雄一郎教授(総合文化研究科)は話す。「現状制度としては醸成段階にある」(渡邊教授)PEAKだが、これまで30以上の国籍の優秀な学生を受け入れてきた。国際化推進学部入試担当室長の森山工大学執行役・副学長は東大の学部生が出自などにおいて均質化している現状に触れた上で、国籍や国外で教育を受けたバックグラウンドを東大の多様性の一部として取り込む意義を強調する。

 

 東大内で多文化共生状態を作るには1学年3000人いるPEAK以外の学生に対して30人しかいないPEAK生が孤立しないことが重要だが「PEAK以外の学生とPEAK生との交流の少なさは現場で痛感している」と渡邊教授は嘆く。進学選択のために高得点を確保したいPEAK以外の学生にPEAKの授業を履修する余裕がないこもその一因ではないか。後期課程進学時にPEAK生が本郷の学部に移ろうとすると、高い日本語能力の証明が必要となる上、英語で行った前期教養課程科目を他学部が要求科目として認定することに消極的といった障壁があるため、進学選択を機にPEAK生が他の学部生と交流する機会も限られる。さらに、PEAK生がサークルなどのコミュニティーに参加する際、言語や9月という入学時期のために難色を示されることもあるという。森山大学執行役・副学長は「日本に留学に来たからと言って、日本語をやって当然という意識を押し付けるのはよくない。多文化共生のためには東大の一般学生、教員、そして職員が変わっていかないといけない」と大学全体の意識改革の必要性を強調した。

 

大学ランキングはどう活用する? 大学の国際化の意義とは

 

 社会、特に経済の国際化が著しい現在、大学に「国際化しない」という選択肢は残されていない。政策研究大学院大学政策研究院のリサーチ・フェローを務め、大学政策の研究を専門にする田中和哉さんは「大学が社会、市民の活動や希望と全く乖離しているようでは社会の基盤として機能しない。国際化は高等教育機関、研究機関として大学が社会に貢献する上で重要になる」と語る。白波瀬教授は学部生の国際交流の重要性を特に強調。「特に東大生にとっては若いうちに自分の生活圏やそこでの常識の枠外に出て、自分が弱者になる経験を持つことが大切。いつかどこかで弱い立場になることがあるのだから、そういう経験は早めにしておいた方がいい」

 

 

 東大の国際化を語る上で目につくのが大学ランキングにおける東大の国際性指標の突出した低さだ。THEの場合、国際性の項目のスコアは留学生比率(全体スコアの2・5%)、外国人教員比率(同)、国際共著論文数(同)の3つの項目で構成される。クアクアレリ・シモンズ(QS)では留学生・外国人教員比率それぞれが全体スコアの5%だ。白波瀬教授はこのうち国際共著論文数については「大学として国際共同研究が生まれやすい研究環境の整備に努力をしなければならない」と認める一方、留学生・外国人教員比率については「非常に東大にとって不利な指標」であると語る。

 

 羽田大学執行役・副学長もTHEやQSの大学ランキングの国際化の項目は評価軸が英語圏の大学の基準に偏っていると指摘。「英語圏の大学は英語という武器を持っている。自分たちの言葉を喋る人たちを大学に呼んでも学生、教員の外国人比率が高くなるので、明らかに英語圏の大学に有利にできている」。実際、THE世界大学ランキング2020では、12位まで全てを英米の大学が占めている。「これ以上下げたくはないがランキングを上げることを最終目標にすることはない」という白波瀬教授の言葉通り、東大としては一定の指標にたった東大への評価として適宜活用する程度のもの。あくまで「健康診断のようなもの」で、ランクそのものにこだわることはないと羽田大学執行役・副学長も説明する。

 

 対して田中さんは、大学ランキング自体の意味は限定的としつつも、本質的な国際化と大学ランキングでのランク向上の両方を目指すべきというスタンスだ。「社会の国際化が進む中、東大だけ大学ランキングを気にしない、とも言っていられない状況にある。国際化の進展度合いを単純な指標で可視化するのはもちろん不可能だが、ある程度単純化してでもわかりやすい形で評価を得ないと財界や社会からの信用は得られない」。留学生を増やす圧力を力に国際化されていない部局を国際化する、国際共著論文を促進することで、国際化すべき分野の論文の共著を伸ばす、などメディアがランキングを報じることで生まれるプレッシャーを手段として利用して大学を実質的に変えることが必要だという。

 

 大学の国際化の在り方もさまざまだ。世界大学ランキングで頭角を現している中国の北京大学や清華大学は完全に英語のみで取得できる学位を増やし、欧米からの留学生を中心に取り込みを図っている。だが、白波瀬教授は日本語による教育、研究の重要さも忘れてはならないと強調する。「言語は一つの価値観、文化を具現化するもの。母語による教育を軽んじては、学術の質を保証しつつ、多様性を確保することは難しい」。日本語と英語、両方での教育が必要となる中、羽田大学執行役・副学長は日本語による教育をベースとして、英語による教育も選択できる、二本立ての制度を提案する。選択必修で、英語の授業を用意することで、英語による交流の際に必要になる各分野の基礎知識を習得させようという考えだ。しかし、実現しようとすると、現状でも過大な教員の負担が課題になるという。

 

 さまざまな取り組みもあり「少しずつ良くなっている」(羽田大学執行役・副学長)東大の国際性。しかし、未だ多くの課題があるのも事実。田中さんは理学部化学科が授業を全て英語で行うようにした結果、進学振り分け(当時)の底点が下がった例を引き「学生にも(英語で授業を受けるなどの)覚悟が足りないのでは」と指摘する。大学が国際化し、国際的な競争の中で勝ち残っていくには部局を超えた大学の取り組みに加え、学生の主体的な取り組みが必要になるだろう。


【記事追記】2021年1月20日20時45分 羽田大学執行役・副学長の肩書きを修正しました。

 

【連載 法人化15年 東大の足元は今】

【法人化15年 東大の足元は今】①教育(上) 教員負担の削減とTAの活用を

【法人化15年 東大の足元は今】①教育(下) 前期教養課程の課題とは?


この記事は2019年12月3日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。

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