清川泰志准教授(東大大学院農学生命科学研究科)らの研究グループは2-メチル酪酸が実験用ラットや野生ドブネズミの恐怖を和らげる安寧フェロモンであることを明らかにしたと発表した。成果は6月9日付の米科学雑誌『iScience』オンライン版に掲載された。
フェロモンとは、同種の他個体とのコミュニケーションを媒介する嗅覚シグナルのこと。先行研究より、他のラットから放出された匂いを嗅いだラットは、以前に恐怖を与える刺激と関連付けられたブザー音に対して恐怖反応を示さなくなることが知られていた。そこで清川准教授らは、ラットから放出される匂いには恐怖を和らげる安寧フェロモンが含まれているという仮説を立てた。
検証により、ラットの恐怖反応を緩和する匂いに含まれる化学物質のうち、2-メチル酪酸のみが恐怖反応を緩和することが発見された。2-メチル酪酸はラットから放出された匂いと同じ脳内反応を引き起こし、その匂いを嗅ぐことはラットにとって好ましい出来事であることも判明。これらのことから、2-メチル酪酸はラットのフェロモンであることが示された。
市街地に住む野生ドブネズミは実験用ラットと同一の動物種だ。研究チームは、東京都の2地点で捕獲したドブネズミの多くが2-メチル酪酸を放出していることを確認した。ドブネズミは馴染みのない物体を避ける新奇性恐怖を示すが、2-メチル酪酸を嗅がせると季節も場所も異なる複数の条件下において新奇性恐怖が緩和されることが明らかになった。このことから、2-メチル酪酸はドブネズミという動物種における安寧フェロモンであると結論づけた。
安寧フェロモンは、ラットが他個体と円滑に生活していくために必要な能力に関与していると考えられる。この能力はソーシャルスキルと呼ばれ、安寧フェロモンを同定したことにより、ソーシャルスキルについての研究の効率化に貢献できる。さらに、安寧フェロモンを利用してドブネズミの恐怖を緩和できるので、アニマルウェルフェアに配慮した駆除ができると期待される。