インタビュー

2017年8月8日

絵本作家あいはらひろゆきさん 『くまのがっこう』で当たり前の幸せ伝えたい

 絵本作家あいはらひろゆきさんは、会社員を辞めた後、長女の誕生を機に絵本に興味を持ち、絵本作家に転向した。代表作『くまのがっこう』シリーズは、2017年で15周年。情報学環の特任研究員を務めた経験もあるあいはらさんに、絵本の魅力や絵本作家としての生活、研究と絵本の関係などについて話を聞いた。

(取材・石井達也 撮影・分部麻里)

 

 

生きる素晴らしさ前向きに描く

 

──絵本に興味を持ったのはいつからですか

 実は、幼い頃に絵本を読んだことはあまり覚えていないんです。どちらかというとテレビっ子で、戦隊物を好んで見ていました。

 

 絵本を読むようになったのは、長女が生まれてから。良いお父さんになろうと、ネットで評判の絵本を100冊近く一気に購入し、生後2~3カ月からずっと読み聞かせていました。すると、自分の方がはまってしまったんですよ。

 

 絵本の面白さや新鮮味に触れ、自分でも書いてみようという気持ちになりました。たくさんの影響を受けて育っていく子どもに関わっていける仕事はとても大事だと思いますし、自分の絵本を子どもが読んでくれるのは、作家としてとても誇らしいことですね。

 

──絵本の魅力はどこにあると考えていますか

 どの絵本も、とても前向きな点です。基本的に絵本は、哲学的な内容を分かりやすく伝えます。自然の美しさや生きることのすばらしさといったことを読み聞かせてもらい、子どもは幸せな気分で眠る。読後の幸福感が強ければ強いほど良い絵本だと思いますね。

 

 大した冒険なんてめったにない日常の中で、ちょっとした感動や喜びを見つけられるかが人生を楽しめるかどうかの鍵。子どもはそうしたものを見つけるある種の天才なんですよ。「みんなで食べることって楽しいよね」「寝ることって気持ちいいよね」といった当たり前の幸せをしっかり描くのが僕のやりたいこと。冒険とかは他の作家が描いてくれますから(笑)。

 

──絵本制作の様子を教えてください

 『くまのがっこう』だと1年に1冊の新刊が出るのですが、新刊が出る同じ時期に次の作品の構想を練り始めます。3~4カ月はプラプラと子どもを観察しながら、テーマを詰めていきます。その後1~2カ月の間は絵を担当するあだちなみさんと2人で話し合う機会を設けます。そして絵の完成、印刷へと移っていきます。

 

 その中ではイメージを転がしておく時期が特に大事なんです。はたから見るとプラプラして働いていないようですが、頭の中では24時間働いている。夜中に起き出し、スマホに打ち込むこともありますよ。上辺だけ小ぎれいな話になってしまわないよう、イメージを凝縮する作業を続けます。「書ける」と思うまでは、パソコンの前に座らないようにしています。

 

──絵本作家として何を心掛けていますか

 『くまのがっこう』は15周年を迎えましたが、業界では長く続けるとだんだんと作品がつまらなくなっていくといわれます。それでも、最新作がベストであるように心掛けています。当たり前のことのようでも、これが意外と難しい。これからの作品で今までの作品を超えていくためには、とことん考えることが必要です。作品のアイデアは出せるだけ出して、後から切っていくことにしています。完成した本はあまり読み返しません。もっと良いアイデアを思い付いてしまうのが嫌なんですよ(笑)。

 

 

子どもたちの温かい世界を再現

 

──東大の特任研究員時代の様子を教えてください

 キャラクター研究を行っていたこともあり、キャラクターやアニメーションのビジネス活用を調べていました。アニメをいかにCMで使っていき、日本独特の表現に仕上げていくかといった研究です。

 

 キャラクター業界では、各社が自社のキャラクターしか考えていません。キャラクター全体を考える視点が欠けていると感じたので、キャラクター全体として現代人にどのような心理的作用があるのかといったことを調査していました。当時の研究テーマには、今でも高い関心を抱いています。

 

──当時の研究が現在の絵本制作に影響していることはありますか

 ないですね(笑)。なぜなら、研究者と作家の僕の立場は切り離して考えているからです。

 

 僕自身、キャラクターは面白おかしければそれでいいと考えていた部分があったのでした。ただ、キャラクターが与える心理作用を調べているうちに、より精神的な効能があることを知りました。このことは、結果的に僕が絵本で目指している温かい世界に通じています。研究が直接作品に影響しているというわけではないのですが、方向性として重なる部分があったんです。

 

最新刊『くまのがっこうジャッキーのしあわせ』の一場面 ©BANDAI

 

──『くまのがっこう』シリーズに込めた思いを教えてください

 『くまのがっこう』は12人のくまのこが一つ屋根の下で暮らす話。愛や友情という存在の大切さを強調しています。小難しいことを伝える気持ちはさらさらありません。言葉だけでは伝わりにくいシンプルなテーマを、いかに伝えていくかに苦心しています。

 

 コミュニケーションが難しい今の時代、最近の子どもは、当たり前の愛や友情についての認識が薄くなっていると思います。愛や友情を育む上で前提となる信頼感が欠けているからだと思います。

 

 『くまのがっこう』で登場するくまのぬいぐるみの設定ですが、人間の子どもとして描いています。長女の送り迎えの際に、保育園で見た子どもたちの姿がヒントになっています。厳しい広告業界にいた自分にとって、絵本の温かい世界がすごくいいなと感じました。当たり前の愛や友情があるこの世界をそのまま作りたいという思いが、物語づくりの原点にあります。

 

──今後の目標を教えてください

 絵本の『くまのがっこう』は生涯描き続けていこうと思いますが、それとは別に映画やテレビ、舞台などで『くまのがっこう』の世界を体現していきたいですね。絵本は、僕の中にある世界の表現手段の一つ。絵本で作った「原石」と呼べる世界の魅力を、絵本では表現できないような形で発信していきたいです。絵本作家とプロデューサーの血が混じり合っているのだと思います。

 

──読者にメッセージを

 僕自身の人生の筋目には、良き助言者がいました。時に人の意見に耳を貸すことも大事ですよ。僕自身、まさか絵本作家になるとは思いもしませんでした。以前は広告業界の仕事が自分に合っていると思い込んでいましたが、今となっては40歳を超えてから始めた絵本作家を天職だと考えています。早いうちから焦って自分の進路を狭めず、自分の可能性を客観的に見るようにしましょう。

 

あいはら ひろゆきさん (絵本作家)

 早稲田大学卒業。広告会社に勤めた後、02年に絵本作家としてデビュー。『くまのがっこう』シリーズは累計発行部数220万部を超える大ヒットを記録している。


この記事は、2017年8月1日号に掲載したインタビュー記事の拡大版です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

インタビュー:当たり前の幸せ伝えたい あいはらひろゆきさん(絵本作家)
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2017年8月10日22:30【記事修正】タイトルの誤植を修正しました。

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