インタビュー

2025年1月17日

朝日新聞社M研に聞く AI時代の新聞 東大新聞はAIを使いこなせるか

 

 昨今、目覚ましい発展を遂げ、私たちの生活と密接に関わるようになったAI。その影響が及ぶ先はメディア業界も例外ではない。朝日新聞社はメディア研究開発センター(M研)を設立し、新聞記事作成のためのAIを開発し、一般向けに公開している。大手メディアで利用が進むAIであるが、東大新聞ではほとんど活用が進んでいない。AIの導入により、業務効率化や新たな記事の書き方などが期待される一方で、AIが提示する情報は必ずしも正確でないなど、その利用にはさまざまな問題がはらむ。こうした点を踏まえ、東大新聞はAIとどのように向き合っていくべきなのか。東大新聞をはじめとする学生新聞では、AI の利用によってどのようなことが可能となるだろうか。M研の田森秀明さんに話を聞いた。取材・宇城謙人)

    

朝日新聞社におけるAI活用 そのルーツは12年前から

 

──朝日新聞社がAIを活用することになった経緯を聞かせてください

 きっかけは2013年、メディア研究開発センター(M研)の前身となるメディアラボという部署ができたときです。その当時はディープラーニングを利用したAIは台頭していない時期でしたが、社内で膨大な記事データがある中で、それらを使った研究開発ができないかということになりました。現在は(校正支援「Typoless」や見出し作成「TSUNA」など)社外に展開できるようなサービスを展開しているほか、社内の記者の業務の軽減につながるようなAIを開発しています。例えば、文字起こしを行うAI、校正を支援するAI、見出しを作成するAIなどです。記者のメインの仕事は取材ですが、記事を作成するまでには、それに付随する作業がたくさんあります。文字起こしや校正、見出しの作成はもちろん必要な仕事ですが、記者がその本領を発揮できる仕事は、もっと他にもあるはずです。文字起こしであれば音声認識技術を用いるなどして、必ずしも人間が行う必要のない仕事をコンピューターに置き換え、記者は本質的な作業に時間を使えるようにしていきたいと考えています。また、記者からデータを受け取って、なにか知見を得られるような形に加工し、それを記者が分析して記事化につなげる「データジャーナリズム」にも携わっています。

 

 2022年に発表されたChatGPTについて、その技術の基礎になっている「GPT」という仕組みは、われわれ含め研究者の間では以前から話題になっていたので、小規模なものは構築したりして注目していました。ただ、GPTの大々的な活用については将来的な技術と思っていただけに衝撃的なものでした。一方で、仕組み自体は把握していたので、その大きな変化に対応できました。この分野ではキャッチアップが大事だと意識しながら取り組んでいます。

 

──M研のウェブサイトには、「社内外の問題解決を目指す」とありますが、どのような問題の解決に取り組んでいますか

 社内の問題に関しては、記事の執筆までの過程をなるべく効率化したいということです。そのほか、記者やビジネス部門からの、「こういったことがやりたいのだけど大変で…」といったニーズから取り組むこともあります。

 

 社外では、地方紙や小規模な出版社などでは編集や校正などで人が足りていないという話も聞くので、われわれの知見を還元できればと思っています。また学術的には特許や論文発表、大学との連携などで積極的にオープンに情報を開示するなどギブ・アンド・テイクを意識して、われわれも何かを得られればと思っています。

 

──M研のAIによる業務改革は、社内でどのような評判ですか

 音声書き起こしや要約、データジャーナリズムに関する分析作業といった点で、かなり負担感が下がったと聞いています。文字起こしや要約生成では、今まで1時間もかかっていたという作業が、半分以下の時間でできるようになったとも聞いています。ただわれわれの目標は、コンピューターでもできる作業はコンピューターにさせることで、社員、特に記者の能力が本領発揮できるようにすることです。AIの文脈でよく議論されるような人員削減といったことが目標ではないところは強調したいです。

 

朝日新聞社はM研を設立してAI開発を進めてきた(画像はイメージ)

 

──校正を行うAIはどのようなものなのでしょうか

 今まで社内で使ってきた校正支援システムでは、校正を担当する記者が比較的間違えやすい日本語をデータベース化してシステムに送っていました。記者が間違えたものを後からルールブックに反映させていくような仕組みで、例えば新語や文法に関するミスをなかなか感知しきれないということもありました。

 

 今後はAIとルールブックを併用したものに置き換えることを検討しています。AIには過去の校正の履歴や正しい日本語を学習させており、間違った文章が入力されたときに間違っている箇所を識別できるようになっています。例えば「田森どす」という文章が入力されると、それは「田森です」という文章より確率が低いわけです。その確率が閾(しきい)値より低いとなったとき、AIは文章を「間違っている」と判断する仕組みになっています。ルールブックが不要なので、過去に間違ったことがない部分でも検出できるようになります。

 

 しかし、逆に言えばAIはこうした文法的な間違いしか指摘できないわけです。例えば私は田森という名字ですが、田森という名前は森田という名字より珍しく、文中に登場する確率が低いわけです。こうした固有名詞のような例においては、確率論だけでは誤りを検出できません。今日でもルールブックを利用した方式が強かったり、事実関係の確認という点で、まだまだ校閲記者のような人間の力が必要とされていたりします。

 

 校正のAIに関しては実際のところ精度は7〜8割というところです。また、正しいところもチェックしてしまう「うそ鳴き」も発生しています。ユーザーのためにも、そうした点をどう改善できるか、というのは日々試行錯誤しながらの開発になっています。

 

──見出しの作成を行うAIはどのようなものなのでしょうか

 私たちが開発したAIには、過去の朝日新聞の記事と見出しをセットで学習させる、つまりはこういう記事を入れたらこういう見出しを出力をするということをひたすら学習させています。

 

 見出しの作成を行うことは、今日においてはChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)を用いた他のAIでも可能ですが、文字数をプロンプトで指定しても、出力される見出しの文字数は指示したとおりに出力することは難しいです。一方で、メディアで求められる見出しは、定められた字数(「朝日新聞デジタル」では32字)の中で、できるだけ多い情報量を含むものです。そのため、私たちの開発したAIは、定められた字数ギリギリで見出しを作成できます。

 

 LLMを用いたAIによる見出しは、例えばスポーツ新聞風の見出しなど、多彩な見出しを提示できます。ただ、内容や指定された字数プラスマイナス1字で見出しを作成できるという文字数の正確性では私たちのAIに軍配が上がっています。

 

──AIが生成する見出しは、人間がつけた見出しと同様に的確、適正なものなのでしょうか

 はい。見出し生成のタスクというか、要約の生成という点ではわれわれの要約生成AIのTSUNAや、ChatGPTのようなLLM を用いた生成AIではほぼできるようになっていて、スタイルや正確性の点ではほぼ違和感がないと思います。

 

──M研のAIが活躍した記事を一つ教えてください

 AI短歌の記事でしょうか。歌人の俵万智さんにデータを特別にご提供いただき、それをAIに学習させ、俵さん風の短歌を生成できるようにしました。出力結果を俵さんにご講評いただいた内容を記事やイベントにしました。当初は歴史ある和歌や短歌をAIに生成させるとは何事か、というマイナスな評価も覚悟していました。担当だったメンバーも実際に短歌を詠むので、AIに上手に短歌を生成させる、ということが主な目的ではなくて、短歌の生成というタスクを通じてAIと人間の関係性を考えていきたい、という気概で取り組んだようです。そうした姿勢で取り組んだ結果、俵さん含め、さまざまな歌人の方々からも面白いというポジティブな評価をいただいて、現在では担当のメンバーは短歌に関するイベントで登壇したり、AIと短歌に関する本を出版したりしています。

 

──朝日新聞社がAIを活用するにあたって、障壁などはありましたか

 技術的な面で言えば、校正支援サービスなどは従来あるシステムに搭載するのが難しいという課題がありました。すでにあるシステムを改造して導入することは莫大なコストがかかるために費用対効果が懸念されたり、導入が次のシステム更新になるために先延ばしになったりしたのは、大企業あるあるかもしれません。

 

 M研が発足した当初は、社内の一部からは「よく分からない研究をしている部署があって、AIの活用によって人減らしをしようとしている」と誤解を受けることもありました。しかし、ChatGPTの登場もあり、だんだんとAIは重要という目線に変わってきました。各々の社員もプライドを持って仕事をしているので、10年前には「AIには仕事を任せられない」という意識もありましたが、最近ではAIに仕事を任せてみようかな、という意識に少し変わってきたように思います。

 

AI時代の朝日新聞 M研のAIが活躍する(画像はイメージ)

 

学生新聞とAI AI活用で広がる可能性

 

──大手メディアと学生新聞のAI導入に関する状況に違いがあるとすれば、どのような点にあると思いますか

 大手メディアはもともと、分業制が進んでいます。最前線に記者がいて、記者が書いた記事をデスクと言われる編集者がチェックし、校閲を担当する編集者も更にチェックします。さらに、紙面レイアウトをする編集者、デジタル版を編集する編集者がいて、読者の皆様に記事を届けます。例えば見出し一つをとっても、記者ではなく、主に専門のノウハウを持つ編集者がつけるわけです。一方で学生新聞だと対照的に、記者が見出しをつける業務までを担当すると思いますし、学生新聞では多くの場合記者が4年で卒業してしまいます。次々に記者が入れ替わり、新人記者が見出しを付ける機会も多いでしょう。記者の入れ替わりのサイクルが速いために、大手の新聞社と比べて過去の先輩のノウハウをマニュアルとして継承していく必要があると思います。過去の先輩方のノウハウを蓄積したようなAIがもしできれば、新人記者の負担軽減につながるかもしれないですね。

 

 あとは、過去の記事を検索できるようなAIがあると良いかもしれません。過去の先輩方がどのように記事を書いてきたのかを検索して記事を書くということはしていると思います。どのように記事が書かれてきたのだろう、というあいまいな検索ができるAIを開発できれば、執筆技術の継承にもつながると思います。

 

──そういったAIは、学生新聞自身で開発すべきなのでしょうか

 私たち大手メディアでは膨大なデータや技術の蓄積があるので、自前で専用のAIやエンジンを開発できます。一方で、今は ChatGPTのような、誰でも使える高性能なAIがあります。学習させなくても、こうして欲しいとプロンプトを書くだけでも良いと思います。ただ、プロンプトを書く際に「過去の先輩はこのようにしていました」という事例をいくつか添付すると、精度が上がります。Few-shot PromptingやIn-context Learningと言われますが、そうしたプロンプトの書き方さえ覚えれば日本語でも簡単に指示でき、ChatGPTさえ使えれば近いことはできると思います。

 

 生成AIに記事をまるまる執筆させるような試みはあっても良いかもしれませんが、まずは「コンピューターにできる仕事から置き換えていく」ことから始めるのが良いと思います。

 

──学生新聞がAIを活用するにあたっての注意すべき点や、障壁はどのようなものだと思いますか

 障壁といえば、まずは記事がデータベース化されているかというところでしょうか。プロンプトに指示を出したり、検索に用いたりするときに記事がすぐに出てくるかというのが重要だと思います。

 

 あるいは障壁ではないかもしれませんが、倫理的な問題もあると思います。生成AIは写真も作れるし、極論、記事を全部書いてもらうこともできます。一方で、生成AIで自動的に生成したものをそのまま記事とすることは、正確性や倫理的な側面において、かなりリスクがあると思います。そのようなリスクを認識できない状態では、生成AIを編集の作業に利用するべきではないと考えます。弊社でも社内の生成AIに対するレギュレーションは多くあります。

 

 一方で学生新聞は、レギュレーションが多い大手メディアよりも手軽にAIを導入できるという、学生新聞ならではのチャレンジングな試みができるかもしれません。先に問題があると述べた記事や写真の生成も、そのリスクを十分に理解した上で、面白いものは思い切って掲載するというような試みもできそうです。

 

 いずれにしても、すぐに信用が失われてしまうこの時代、倫理的な面から考えてどこまでAIを使っていくのか、組織全体で考えて管理し、うまく付き合っていくことが求められると思います。

 

AIの活用は学生新聞でも組織的に考えていく必要がある(画像はイメージ)

 

取材コラム〜東大新聞はAIを使いこなせるか〜

 

 AIによる業務の代替が進む朝日新聞社とは異なり、東大新聞では組織的なAIの活用はしていない。もしAIを活用するとしたら、どのような点で活用できるだろうか。

 

 先程のインタビューにて、まずは機械でも行える業務から、代替していくのが良いと指摘されていた。機械が代替可能な業務としてひとつ考えられるのは、校閲作業の一部であろう。現状として、東大新聞では「ライター」と呼ばれる執筆担当と、「チェッカー」と呼ばれる校正担当の二人三脚で記事を書き進めている。さらに記事が一度完成してからも、編集長をはじめとする4重のチェックが行われる。校正支援を行うAIが指摘できるのはあくまで文法的な誤りに限られており、東大新聞で厳しく行われているような事実関係のチェックは行うことができない。AIを導入したとしても現在の東大新聞のチェック体制が大きく変わることはないが、より正確な文法の文章をより軽い負担で提示できるようになるだろう。

 

 また、インタビュー中で指摘されていたように、記者が記事を書くときに過去の記事を検索するためのAIは有用かもしれない。特に新入生に想定される問題として、初めて書くような記事はどのように書けば良いかわからない、というものがある。実際に、筆者は初めて六大学野球の試合記事を書いたとき、どのように記事を書けば良いか見当がつかず、指定されていた字数に全く到達できずに、残りの大半を先輩記者に書いてもらうような形になってしまった。そういったときに、過去に先輩方がどのように記事を書いてきたかという検索ができれば、新人記者にとってより記事を書きやすくなるだろうし、新人記者の面倒を見る先輩記者の負担も軽減される。入学から卒業までという限られた時間での活動となる記者たちが、より早く記事に慣れていくことにつながるだろう。

 

 ただでさえ若者の「既存メディア離れ」が叫ばれる現代。そうした社会状況を受け、長期的には東大新聞でも部員の確保に困難をきたすこともあるかもしれない。そうした中で記事発信を継続していくには、AIの活用による記者の負担軽減も必要になっていくのかもしれない。

 

 一方で、AIの活用には課題もある。東大新聞オンラインのウェブサイトは現役の東京大学の学生が企画、執筆、運営することを標榜している。もし記事執筆を全面的にAIに委ねてしまうと、それは「記事執筆を東大生が行う」という東大新聞の根幹を揺るがしかねない。そうした点で、AIをうまく利用しつつ、厳しく付き合っていくことが求められるだろう。

 

 さまざまな活用が想定されるAI。しかしその活用は「人員削減のためではない」とインタビューの中で田森さんは繰り返した。AIの導入の真の目的は、記者が記者にしかできない業務に集中することにあるとのことだ。近い未来、AIとうまく付き合った東大新聞が、読者のみなさまをあっと言わせるような記事を提示できるかもしれない。

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