学術

2023年12月17日

2023年の東大の研究を振り返る 紫綬褒章、日本学士院賞ほか

 

 今年も多くの東大の研究者が、研究成果や長年の功績を認められさまざまな賞を受賞した。受賞者全員を詳しく紹介することは紙幅の都合上叶わないので、紫綬褒章、日本学士院賞、日本学士院賞、フンボルト賞、ウルフ賞受賞者の中から、10人の研究者の研究や業績を解説する。(構成・岡部義文)

 

紫綬褒章(春)

 

三浦篤名誉教授

 19世紀フランス絵画を中心とする西洋近代美術史や、日仏美術交流史の研究の業績により受章。分野の第一人者として日仏で活躍したほか、2022年11月から2023年2月にかけアーティゾン美術館で開催された「パリ・オペラ座―響き合う芸術の殿堂」など多くの展覧会で学術協力・監修を務め、美術普及活動にも尽力。著書に『まなざしのレッスン』(東京大学出版会)、『移り棲む美術―ジャポニスム、コラン、日本近代洋画』(名古屋大学出版会)など。

 

苅谷剛彦名誉教授

 教育社会学の分野における研究の業績により受章。「学校から職業への移行」についての研究の先駆者となったほか、出身階層による教育の不平等と教育政策の関係を明らかにした。また、日本の近代化における政策決定者の意識と教育政策との関係に関する研究など、研究分野は多岐にわたる。2008年よりオックスフォード大学社会学科およびニッサン現代日本研究所教授、セント・アントニーズ・カレッジ・フェロー。著書に『教育の世紀』(弘文堂)、『追いついた近代、消えた近代 戦後日本の自己像と教育』(岩波書店)など。

 

高津聖志名誉教授

 免疫学の研究と医薬品の創出の業績により受章。白血球の一種である好酸球を活性化させるサイトカインの「インターロイキン5(IL-5)」とその受容体を世界で初めて発見し、メカニズムを解明。IL-5を標的とすることで好酸球の活性制御し得るアレルギー性疾患治療の医薬品創出の道を切り開いた。IL-5阻害薬は難治性のぜんそくや指定難病の好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の医薬品として利用されている。この研究の功績で2020年には「科学技術分野の文部科学大臣表彰」である科学技術賞(研究部門)を受賞。

 

岡部徹教授(東大生産技術研究所)

 レアメタルの新規製造法と、リサイクル技術の開発研究の業績により受章。チタンは航空機や医療器具などに用いられるレアメタルだが、金属チタンの塊を加工する際に発生する切削くずは酸素で汚染されるため、加工効率は低いとされていた。岡部教授は、カルシウムなどの希土類金属などを用いて酸素を除去する「アップグレードリサイクル」技術の研究開発の分野で大きな功績を残した。この他、電子機器類に含まれるレアメタルを環境負荷の小さい方法でリサイクルする技術の研究も行っている。

 

文化勲章

 

谷口維紹名誉教授

 組換えDNA研究で分子生物学・遺伝子工学の発展に貢献した業績により受章。DNAを宿主細胞に入れて増殖させ、特定のDNA断片を多量に得るクローニング技術を用いて、1979年、ウイルスの増殖を抑制するサイトカイン、インターフェロン(INF-β)の単離に成功。さらにリンパ球の増殖を促すサイトカインのインターロイキン2(IL-2)の遺伝子を単離してその全一次構造を解明した。 サイトカインの医療への実用化に貢献し、IFNβ、IL-2はがん治療やウイルス感染症の治療に役立てられている。 現在は先端科学技術研究センター・フェロー。

 

岩井克人名誉教授

 市場経済や企業統治論の研究の業績により受章。市場経済の「見えざる手」を批判して貨幣経済の不安定性を前提にした理論を提唱した『不均衡動学理論』の発表を皮切りに、市場経済、貨幣や法人など様々なテーマで独自の理論を生み出し、哲学的・歴史学的な視点から資本主義経済を論じてきた。近年は企業統治論の分野で、法人が経営者に課す忠実義務について研究している。著書に『会社はこれからどうなるのか』(平凡社) 、『経済学の宇宙』(紀伊國屋書店)など。

 

日本学士院賞

 

狩野方伸教授(東大大学院医学系研究科)

 神経回路の活動依存的機能調節に関する研究の業績により受賞。小脳の興奮性神経繊維と神経細胞間のシナプス結合は、運動制御などに関わるが、狩野教授は、発達期にこのシナプス結合が一部除去され、有用なものが残って機能的な神経回路ができる「シナプス刈込み」の仕組みを解明。また、細胞間のフィードバックにより活動を制御するシナプス伝達調節の機構や、伝達効率が長期的に変化する「シナプス可塑性」 が抑制性のシナプスでも起こることを発見するなど多くの業績を残した。

 

中村泰信教授(東大大学院工学系研究科)

 蔡兆申教授(東京理科大学)とともに、超電導量子ビットとその量子制御に関する研究の業績により受賞。従来のコンピューターは「0」と「1」の2つの状態を個別に扱うが、2つの状態を同時に扱うことで高効率の計算を可能にする「量子ビット」を、超電導回路を用いて1999年に世界で初めて実現した。超電導量子コンピューター開発の道を拓き、現在も先導的な役割を果たしている。超電導量子回路の制御技術を用いて、量子情報技術の研究を続けている。

 

フンボルト賞

 

大塚孝治名誉教授

 原子核研究での業績により受賞。「モンテカルロ殻模型」と呼ばれる原子核のモデルを用いた大規模数値計算手法を発展させ、質量数の大きい原子核の物理量の理論計算を初めて実行。また、陽子や中性子を過剰に含む「エキゾチック原子核」に関して、原子核の構造が変化する「殻進化」を提唱した。近年では重い原子核が球から楕円へと変形する「自己組織化」という現象をモンテカルロ型核膜計算により分析し、その新たなメカニズムを提唱した。

 

ウルフ賞

 

菅裕明教授(東大大学院理学系研究科)

 生物活性を示す薬剤候補ペプチドを合成する技術の開発に貢献した業績により受賞。アミノ酸がつながった高分子であるペプチドの医薬品は、経口投与が困難で、細胞膜内に透過しづらいなどの欠点があった。菅教授は、これらの欠点を持たない「特殊環状ペプチド」を人工的に作る合成系を確立。合成に用いる人工RNA触媒「フレキシザイム」を開発し、任意の活性を持つ薬剤候補のペプチドを合成する「特殊ペプチド創薬」の分野を開拓した。この技術は現在世界各国の製薬企業への移管が進んでいる。

 

 

 

 

 

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