ユーグレナ代表取締役社長の出雲充さん。文Ⅲから理転して進学した農学部で出会ったユーグレナ(和名:ミドリムシ)に引かれ、卒業後に研究開発型バイオベンチャー・株式会社ユーグレナを創業。ヘルスケア事業で利益を上げつつ、海外への食料支援やバイオ燃料の開発などに取り組んできた。起業までの経緯や学生時代の思い出について聞くとともに、受験生とその保護者に向けたメッセージをもらった。(取材・松崎文香)
高校生の時に考えていたことが、 大学では役に立たなかった
──東大を志望した理由は
高校生の時は国連に就職したいと考えていたので、そのためのステップとして東大を志望しました。
高1の時、すごく影響を受けた二つの映像があるんです。一つは『新世紀エヴァンゲリオン』。主人公の碇いかりシンジの父が国連のような組織で働いているのを見て、純粋に「国連はすごいところなんだ」と思いました(笑)。
もう一つはNHKスペシャル『映像の世紀』で、難民の人たちが、家がない、食べ物がない、着る服がない、そして国籍がない、と大変な目に遭っているのに衝撃を受けました。それまで自分の周りにその日の衣食住で困っている人を見たことがなかったので、現実感を持って見ることができませんでしたね。「本当に起こっていることなの?」と。しかし、もし本当にその映像のような難民の人たちがいるならサポートしたいと思い、国連で働くことを本気で目指し始めました。
当時はまだインターネットが普及していなかったので、本屋で難民支援や国連に関する本を片っ端から手に取って調べましたね。本の一番後ろに載っている著者略歴を見ると、日本の国連職員の多くが東大の文Ⅲに入学して英語や国際関係の勉強をしていたので、僕も文Ⅲを志望しました。
──受験生時代の思い出について教えてください
僕は駒東(駒場東邦中学・高等学校)出身なのですが、駒東には高3の体育祭が終わるまで勉強する文化がないんです。「人前で勉強するなんてはしたない!」と足を引っ張り合って(笑)。その分の遅れを取り戻すために、体育祭の後は死に物狂いで勉強しましたね。受験勉強を始めてからは、よく高校の近くの駒場キャンパスに行き、図書館を外から眺めて「東大に入ったら図書館中の本を全部読んで、毎日勉強して国連に入るんだ。そのために東大に行くんだ」と自分を奮い立たせていました。
でも、東大に入学してから図書館に行ったことは結局一度もありませんでした(笑)。大学に入ると別の視点が生まれる分、高校生の時に考えていたことは少なくとも私は役に立ちませんでした。高校までと大学って根本的に違うんですよね。大学では、自分で学びたいことを選ぶようになるし、いくらでも遊べるし、いくらでも勉強できるし……。だから受験生の皆さんには、大学に入学してからのことを不安に思って過ごすなら、その分受験勉強をした方が良いと伝えたいですね。
「栄養価の高いユーグレナでバングラデシュの栄養失調をなくしたい」
──大学での課外活動について教えてください
みんなでビジネスプランを立て、社会人にプレゼンするビジネスサークルに入っていました。といっても、当時から起業することを考えていたわけではありません。「起業」という言葉自体なかった時代ですし、2000年頃のITブーム以降、ITベンチャーは存在していましたが、今のユーグレナ社のような「バイオベンチャー」は影も形もありませんでした。
大学2年の夏休みに、全国から大学生が集まるビジネスコンテストに参加した際に仲良くなった、スタンフォード大学からきた学生に「ベンチャーに興味があるんだったら、日本でコンテストを企画するだけじゃなく、いっぺん本場のアメリカを見に来いよ」と勧められたんです。その言葉に強く動かされ、渡米しました。
渡米したのは2カ月ほどの期間でしたが、本当にめちゃくちゃ楽しかったです。スタンフォード大学のある西海岸で学生の話を聞いているうちに「起業」という言葉もないほど遅れているのは日本だけで、海外だとベンチャーは当たり前なんだと肌で感じました。ベンチャー企業についてすごく真剣に、楽しそうに語る同年代が海の向こうにはたくさんいるということを20歳の時に知れたのは大きかったと思います。
──その前年、大学1年生でバングラデシュに行った時のことを教えてください
国際協力に興味がある学生はインドに行くことが多かったので、他の人が選ばないような珍しい国を探していたら、たまたまバングラデシュを見つけました。バングラデシュでは、ムハマド・ユヌス博士が設立したグラミン銀行へインターンに行きました。グラミン銀行は、マイクロファイナンスという金融の手法によってバングラデシュの特に農村地区の貧困問題を解決しようとしている、世界的にも非常に有名な銀行です。
まず思い出すのが、空港で降りた時、真っ先に感じた独特の匂い。砂ぼこりとカレーと汗が混じったような……。今でも仕事でバングラデシュに行くと「あの時もこんな匂いだったな」と当時を思い出します。
グラミン銀行は地方の貧しい農家を支援していたので、電気が通っていないような田舎の農村にしばらく滞在しました。夜になると日本より明るい蛍がたくさん飛び回ってとても綺麗なのですが、ふと高3の受験勉強をしていた頃のことを思い出して「蛍の光しか明かりがないんじゃ勉強できないし、大学なんて行けないよな」と感じたのを覚えていますね。
もう一つ印象的だったのは、帰り際、家に泊めてくれた現地の友人に、いつか日本へ来て自分の家に泊まってねと伝えたら「一生日本に行くことはできない」と断られたことですね。航空券が高いからかなと思い、出世したら僕が買って送るからと言ったのですが、それでも無理だと。その友人は自分の生年月日が分からず、生年月日が登録されていないとパスポートが作れないので一生海外には行けない、ということでした。
また「バングラデシュの人たちはお腹を空かせているだろうな」と思い、スーツケースの半分にカロリーメイトを敷き詰め現地へ渡航しましたが、現地では誰もカロリーメイトを必要としていませんでした。というのも、バングラデシュはお米の消費量が世界トップクラスで、日本人の約3倍です。現地の人たちは毎日、米とカレーをお腹いっぱい食べているんです。ただそのカレーには具がない。つまり空腹ではなく栄養失調に苦しんでいたのです。その頃から、国連に入りたいという思いが、栄養の勉強をして、バングラデシュの栄養失調の子どもたちに栄養価の高いものを届けたいという思いに変わりました。
──帰国してからはどのように過ごしたのですか
農業や栄養素の知識を身につけるために理転し、農学部に進学しました。栄養の勉強をしながらバングラデシュのことばかり考えていました。どうやったら栄養失調をなくせるのか、何か良い素材はないかと探していたら、後に一緒に起業することになる鈴木健吾という後輩がユーグレナの存在を教えてくれたんです。動物と植物の両方の性質を備えた微細藻類であるユーグレナは非常に栄養価が高く「これなら栄養失調をなくせるかもしれない」と衝撃が走りました。この時から今まで、ユーグレナ一本です。運命としかいいようがありませんね。
大学でユーグレナの研究をしていた時はとにかく研究資金がなくて苦しんだので、まずはお金の勉強をしようと、学部卒業後は一度東京三菱銀行(当時)に就職しました。運がいいことに東大の農学部がある弥生キャンパスに近い神保町支店に配属されたので、働きながら研究室に通ってユーグレナの研究を続けました。その後銀行を辞め、ユーグレナ社を立ち上げるわけですが、銀行での研修や業務を通じてお金の流れやさまざまな会社を知ることができたので、大学生のうちに起業するより良かったと思います。
失敗を許容し、チャレンジを応援するムードを
──受験生に向けてメッセージをお願いします
合格した人にアドバイスしてもしょうがないので、もし東大に落ちてしまった時に覚えておいてほしいことを言います。
私自身が05年にユーグレナ社を立ち上げて、実験や研究をしているとき、ずっと失敗続きだったんです。また、世界で初めてユーグレナの食用屋外大量培養に成功した後に、ユーグレナの良さをまとめて500社営業に行ったのですが、ユーグレナで成功した会社はないとか、ユーグレナの和名である「ミドリムシ」の「ムシ」という名前が気持ち悪いとか、いろんな理由をつけて断られました。いわば500回「不合格」になったわけです。それが今、東大を含めたたくさんの機関・企業と連携して、ユーグレナクッキーをバングラデシュの子ども達に届けたり、バイオ燃料で飛行機を飛ばしたり、こんなに面白い人生はないという日々を過ごしています。
だからこそ、一度や二度東大に落ちたくらいでくじけることだけはやめてほしいです。落ちたらまた受ければいいし、また別のことにチャレンジしてもいい。ほとんどの受験生は失敗が怖くて色んな心配や悩みを抱えていると思いますが、私自身は受験生の時に悩んでいたことはその後全く役に立ちませんでした。もし落ちても、大学生になったら、また全く別の視点が生まれますし、一回うまくいかなかっただけで自分は駄目だなんて思う必要ない。へこたれなければ必ず楽しい人生を送れると、500回「不合格」を経験した私が保証しますよ。
受験生の保護者の方々は、うまくいかないことがあってもお子さんを責めないでほしいです。日本はこれまでずっと「失敗を許容しない社会」でした。やる前から新しいチャレンジを否定し、失敗したら「やっぱり」と責める。最たる例が東大で、100年以上「失敗しない人」を育ててきました。
しかし今、その東大が良い方向に変わりつつあるんです。近年は「失敗しない人」ではなく「失敗を恐れない人」を輩出しようと「社会変革を駆動する」大学を目指し、学生のチャレンジを応援しています。だから、もし読者のあなたが東大に合格したら、ぜひアントレプレナーシップ関連の講座に参加してベンチャー企業について知ってほしいです。そして、もし自分自身は興味が湧かなかったとしても、周りにベンチャーなど、新しいことに挑戦する人が出てきたときには背中を押して、チャレンジを応援するムードを加速させてほしいです。そうすれば、東大はアジア、そして世界で戦える人材を輩出する大学になれると思います。皆さんも、失敗しても当たり前と思える度胸を持って、チャレンジし続けてほしいです。