学問の発展、体系化は図書館を抜きにしては語れない。我々の「知」を支える図書館の存在はどのように変化してきたのか。また『知の構造化』を掲げる東大内の図書館ではどのような工夫がなされているのか。図書館情報学を専門とする河村俊太郎准教授(教育学研究科)に語ってもらった。
(寄稿)
民主主義の基盤に
文字言語を用いて記録されたメディアを保存する試みは、紀元前2、3000年ごろからすでに行われていたが、現在我々が想定するような、住民に無料で公開するよう法的に定められ、公費で運営される近代的な公共図書館が成立したのは、19世紀となる。こうした公共図書館の成立は、特にアメリカでは、情報のインフラ、民主主義の基盤としての位置付けを図書館に与えることとなった。
日本にこうした近代的な図書館が導入されたのは、明治維新の後である。だが、明治政府は図書館という組織を持て余し、十分な方針を持てないまま、第2次世界大戦、そして敗戦を迎えた。日本の図書館に大きな転機が訪れたと一般に言われているのは、占領期のアメリカの政策である。これにより、民主主義の基盤としての図書館の重要性がある程度認識されるようになった。そして、1960年代になると、図書館、特に公立図書館は自らの位置付けを貸出に見出し、これを中心としたサービスを展開することにより、行政において一定の位置付けを得た。
だが、そういった方針をとり続けたことにより、1990年代後半から出版不況にある出版界において公立図書館は度々「無料貸本屋」という批判を受けることとなる。そういった批判と関連し、図書館は利用者のリクエストに応えて図書を並べるだけという誤解により、図書館には専門的なサービスはなく、司書にも専門性はない、という認識も一部に広がり、司書は地位の向上がなされないまま、非正規公務員の代表格となるまでになった。
さらに、インターネットの普及により、日本に限らず海外においても情報のインフラとしての図書館の地位は失われつつある。何か困ったことがあったら図書館へ、から、何か困ったことがあったらインターネットへ、という変化は確実に起こっているといえよう。ある研究(1)では、図書館のレファレンス(質問回答)サービスと、教えて!gooなどのQ&Aコミュニティの間には問題解決能力においてほとんど差がないという結果も出ている。こうした中で図書館は、インターネットにはない、無料で利用できる物理的な図書を抱えている、思わぬ発見が起こりやすい雰囲気や仕掛けが建築にあるなどの「場(所)としての図書館」という理念などで対抗しようとしている。
中核担う図書館の不在
現在の公共図書館を中心とした主な構図は以上の通りであり、その哲学が問い直されている状況であるといえるが、東京大学も含まれる大学図書館はどうなのかというと、これも同様である。例えば、目録の電子化などにより空いた書架のスペースを用い、アクティブラーニングに対応したラーニングコモンズなどを設置している図書館が増えている。だが、図書館にそうした場所をなぜ置くべきなのか、という議論が十分になされず、教育にも研究にも図書館ははっきりと位置付けられないまま、設置だけが日本では先行してしまっている傾向にあるといえる。
また、現在、学問の専門化、タコツボ化が一方で進みつつ、リベラルアーツや文理融合を掲げる学部が多数生まれ、大学と学問を取り巻く状況は非常に混沌としている。東京大学も、講座、学部などのそれぞれの部局の独立性が高い一方、情報学環・学際情報学府の創設や小宮山宏元総長による『知の構造化』の提唱などが近年なされている。
東京大学の図書館においてもこうした分散と統合の問題は同様に存在する。ある程度独立した60以上の部局図書室が存在していた時代が続いていたが、1960年代から標榜された「連絡調整された分散主義」、そして2004年から標榜された「協働する一つのシステム」という方針によって、徐々に一つのシステムとしてまとめられようとしているのが東京大学の現在の状況であろう。システムの中でのすみ分けもなされようとしており、「東京大学図書館憲章」によると、総合図書館、駒場図書館、柏図書館の3図書館がキャンパス拠点図書館となり、「本学の全ての学生に対して学習,総合的教養修得及び知的人格形成の場を提供し,もって各キャンパスにおける学習支援機能の中心的な担い手となる」とされ、部局図書館は、「主に,本学における研究を支援するとともに,各部局の特性に応じて学習支援機能をも担う」とされている。
だが、部局図書館が学習支援機能をも担う可能性がある以上、拠点図書館の役割は曖昧なものとならざるを得ない。実は、これは戦前から一貫して東京大学の図書館が抱える大きな問題である。東京大学はそれぞれの部局の独立性が高いことはすでに述べたが、それを一つの大学としてまとめる哲学、そしてそれを体現する大学の中心たる図書館が絶対的に欠けている。そういった哲学をしっかりと打ち出し、拠点図書館の機能である「総合的教養習得及び知的人格形成の場」とはなんなのか、そしてそれはどのような蔵書やサービスによって可能なのか、もう一度問い直すことが拠点図書館、そして東京大学には今後求められるだろう。
また、現在総合図書館では、機械によって自動で資料の出納・返却がなされる自動書庫が設置されている。これは、人的労力や資料の保存の面では優れているが、本学の多くの学生、教員ならば従来立ち入ることのできた書庫に立ち入ることができなくなってしまい、いわゆるブラウジングが難しくなった。こうした機能を補うためか、新しく作られたラーニングコモンズであるライブラリープラザなどで積極的にイベントが行われ、様々な分野との出会いを演出しようとしている。こうした試みに今後プラスするとすれば、丸山眞男の書庫をウェブ上に再現した、「丸山眞男文庫 バーチャル書庫」のように、ウェブ上で様々な蔵書を書架に並んでいるかのように再現してみることが一つ挙げられる。
この例からも分かるように、インターネットが普及した現在、バーチャルと現実、両方からの利用者へのアプローチが図書館には今後求められてくるだろう。だが、図書館は単なる無料貸本屋という認識が広く刷り込まれてしまっているとすると、図書館の未来は明るくない。東京大学、さらには日本、世界において、図書館が今後も存在すべき意味を示す哲学を生み出すこと、そしてそれを広めていくことが求められている。
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参考文献
(1)辻慶太、楳原衣恵、木川田朱美、原淳之(2010)「Q&Aサイトと公共図書館レファレンスサービスの正答率比較」『図書館界』,61(6),pp.594―608
この記事は2019年11月19日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。
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