小紙は今号で通算4000号を迎える。メディアをめぐる状況が大きく様変わりしつつある昨今、改めてメディア、さらには大学新聞である小紙の土台ともいえる大学について考え直すべきではないだろうか。長年大学で教えてきた経験を持ち、さまざまなメディアで発信を続けている内田樹さんに、今日のメディアの動向や大学をめぐる情勢について聞いた。
(取材・大西健太郎 撮影・中井健太)
深まる社会の分断
──マスメディアの凋落(ちょうらく)を主張されていますが、その原因は何でしょうか
どんなビジネスモデルも勢いのいいときは面白い。テレビや雑誌もそうだった。草創期は次々と新しいことが試みられて、目が離せなかった。でも、一度落ち目になると過去の成功体験にしがみついて、イノベーションを起こせなくなってしまう。目先の数字にこだわって、短期的、数値的に結果を出せるものしか作れなくなる。
だからテレビや雑誌も最近は面白いコンテンツが全くない。民放テレビ局はあと10年持たないと思う。
──インターネット、特にSNSが浸透する中で、人々が自分の見たいものしか見なくなっています
非常に危険な兆候だと思う。ネットでの論争を見ていると、すでに事実関係の認識から違っている。世論形成の土台を主に新聞が担っていた時代は、その主義主張に関わらず、メディアによって重要な出来事を報道しないということはなかった。評価は違っても、国民全体で事実関係についての了解は共有されており、新聞や雑誌は対話を通じての世論形成のためのプラットフォームとしての役割を果たしていた。
しかし全国紙と民放の劣化によって、今の日本では国民的な対話の環境が壊れ始めている。立場が異なる人たちは、ネット上のクラスターを形成して、自分が見たい世界を見ている。そして、定型的なメッセージを定型的な語法で飽きもせずに発信し続けるメディアの方に人が集まっている。新しい切り口や噛み砕きにくい情報を提供するメディアは受信者に人気がない。以前対談したあるYouTuberが言っていたけれど、攻撃的で単純なことを言うと再生回数が上がり、問題を深堀りして、複雑な話を始めるとたちまち再生回数が下がるそうだ。知的負荷を課すメディアを人々は忌避している。
──メディアの凋落は構造的な問題に思えますが、希望はないのでしょうか
希望はやはり人間が「飽きる動物」であるということ。定型的なことをずっと繰り返していると、ある時点で人々は飽きてくる。「飽きる」という現象はそこで主張されていることへの賛否とは関係なく起きる。そのとき人は「はじめて聞く話」、知的負荷のかかる話を聞きたくなる。今はそれを待つしかない。
鍵は「放し飼い」?
──今後、メディアはどのような役割を担っていくと思いますか
時代を問わず、メディアの最も重要な役割は「国民的な対話の環境を立ち上げる」こと。それに尽くされる。そのためにはメディアに登場して発言する人たちが「情理を尽くして語る」というマナーを守ることが必要。
相手を一刀両断にするような攻撃的な言葉遣いは短期的には受けるかもしれないけれど、5年、10年の風雪を耐え抜くことはできない。長期的に見れば、質の良い言説だけを残し、質の悪い言説を淘汰(とうた)する「場の審判力」が働くと僕は信じている。対立者にも届くように情理を尽くして語られた言葉だけがその歴史の淘汰圧に耐えられる。今この場で受けること、相手を辱めたり、論破することにばかりこだわった言説は生き延びられない。メディアで発言する人たちが長期的には「まともな言葉」だけが生き残るという「場の審判力」を信じていないことが、今のメディアがここまで劣化している最大の理由だと思う。
──大学行政についても積極的に発信されています。東大でも、減少を続ける国からの補助金を補うために産学官連携が進んでいますが、どうお考えでしょうか
産学官連携は必ず失敗します。企業は投資した金額の確実な回収を求めるし、官僚は投じた予算が有形の成果をもたらさないと責任を問われる。でも、学者というのは「放し飼い」にされていないとイノベーションを起こせない。ニトログリセリンもペニシリンもポストイットも違うことを研究しているうちに出て来た偶然の産物。「何が出て来るかわからないけど、なんとなく面白そう」という領域に歴史的大発見は眠ってるものなんだよ。事前に示された達成目標に対して、費用対効果を計算してお金を出すのが産学官連携なら、そこではいかなるイノベーションもブレークスルーも起きないと思う。
自由あふれた時代を取り戻せ
──これから学生はどうしていくべきでしょうか
率直に言うと、日本の大学はもう先がないと思う。どんどん貧乏になって、どんどん管理が強化されて、どんどん自由が失われている。だから、日本の大学にはもう未来はない。だから、本当に研究したい人は海外に出ていると思う。でも、海外に出るには、親がお金持ちか、本人がすでにグローバルに評価される程度の研究成果を上げているか、どちらかが必要で、「ふつうの大学生」には無理だと思う。
──ではどうすれば良いのでしょうか
大学の学術的生産力の低下に危機感を抱いている人たちは大学人の中にも多い。そういう人たちが大学とは別の場所に、個人で高等教育の場を設けようと私塾を作る動きが出てきている。それは今の大学と正反対の、現場に裁量権が与えられて、研究者は好きなことを研究して良いという場になるはずだ。さすがに自然科学の場合は個人で研究機関を立ち上げられるのはよほどの富豪に限られるけれど、人文系なら、私塾から世界的な研究者が出てくる可能性はある。近代日本で最も成功した教育機関というと松下村塾だけれど、2間の部屋に若い教師が1人という私塾から近代日本の指導者が輩出した。教育の成果は規模や予算とは関わりがない。21世紀の松下村塾が出てこないと、日本の知的劣化は止まらないだろう。人間の能力を一番上げるのは自由ってことなんだと思う。
──最後になりますが、さまざまなメディアで発信を続けている内田さんの原動力は
愛国心かな(笑)。君たちがもし1950年代に生まれていたとしたらどんなに楽しい学生生活を送っていただろうと思うと、本当に気の毒に思う。だから、もう一度60年代のような、貧しくても、みんなが元気で、社会に自由が横溢(おういつ)していた、ワイルドでアナーキーな時代が帰ってきたらいいなって思っている。君たちがこれから生きていく時代は、人口がだいたい年間90万ペースで減って、高齢者ばかりが増える前代未聞の社会になる。君たちが、なんとか少しでも楽ができるような仕組みを生きている間に準備しておかないとと思って、一生懸命頑張っています。
──ありがとうございます
今お礼を言われるほどの成果も上がってないんだけどね(笑)
この記事は2019年10月1日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。
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