描かれる狂気への道
白塗りの顔、緑色の髪、裂けた口。『バットマン』の悪役ジョーカーの姿を、誰もが一度は目にしたことがあるのではないだろうか。彼はこれまで、理解不能な殺人鬼として描かれてきた。しかし本作は彼の過去に焦点を当てることで、ジョーカーの理解可能な人間性の描写に挑んでいる。
アーサー・フレックは、ゴッサムシティの古いアパートで母親と2人暮らし。病気の母を看病しながら大道芸人として働くが、突然笑ってしまう病気のため周囲から気味悪がられる。彼は、ソーシャルワーカーとの面談や7種類もの薬が必要な日々を送っていた。
ある時、大道芸人の同僚から銃を手渡されるアーサー。何気なく受け取った彼は仕事先の病院に携帯し、思わず銃を落としてしまう。事が上司に伝わりアーサーはクビに。落ち込む彼は、自身のメークや病気をからかう3人の男が現れると、彼ら全員を射殺した。
殺された3人は、街を支配する大企業の社員。凄惨な事件と報道される一方、一部の貧困層は犯人のピエロを支持して仮面をかぶるように。アーサーは警察に追われながらも、狂気あふれる悪のカリスマ・ジョーカーへと変貌していく……。
本作は、今年の第76回ベネチア国際映画祭にて最高賞の金獅子賞を受賞。アメコミ映画としては初の快挙となり、アカデミー賞受賞の見込みも高い作品だ。監督は『ハングオーバー!』シリーズなどのコメディー映画で知られるトッド・フィリップスが務め、主役であるジョーカーをホアキン・フェニックスが演じた。
ジョーカーを演じることには大きなプレッシャーが伴う。役柄が情緒不安定で難しい上に、これまで彼を演じてきた俳優はいずれもアカデミー賞受賞者だ。しかしそれでも、本作のジョーカーには見事な狂気がある。彼が病気で突然笑い出す様子は、それが単なる症状という以上に、個々の状況に応じた不気味さや悲哀さを観る者に感じさせる。
「笑い」は本作において最も重要な要素の一つだ。ピエロとして常に笑顔を保つアーサー。母には「どんな時でも笑顔で人々を楽しませなさい」と言われてきた。しかし彼は一方で、持病のため周囲にあざ笑われる存在。常に虐げられてきた彼にとって、笑いに満ちた人生とは必ずしも幸福なものを意味しなかった。
アーサーが虐げられるのは、奇妙な病気によってだけではない。富裕層優遇の政治により、自分や母親の医療費を払えなくなるように。さらに彼は、実は幼少期に親から虐待を受けていた。こうして蓄積されていった鬱憤が、彼をジョーカーという悪に変貌させる。
以上の過程は明らかに悲劇的だ。理解不能だったジョーカーは、もはや理解可能な弱者でしかない。しかし彼は「全ては主観だ」と語る。つらい人生さえもそのメークで永遠に笑い飛ばすジョーカー。自らの悲劇を喜劇と捉える彼の姿に、より一層の悲劇性を見いださずにはいられない。
この記事は2019年10月15日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。
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