全米第2位、日本第1位、世界各国のトップセールスを獲得する数々のサービスをつくり出してきた株式会社アプリボット(App Storeのトップセールスランキングより)。2010年創業時のメンバー3名から、現在では250名を超えるまでに拡大した同社の取締役を務めるのは新卒4年目、26歳の黒岩忠嗣氏だ。
新卒でサイバーエージェントへ入社後、スマートフォンアプリを開発するCyberXへの出向を経て2012年11月事業移管とともにアプリボットへ異動。2015年5月に取締役に就任した黒岩氏は、現在5つの部署を統括し、100名のマネジメントをおこなう。
事業を通じて、社会をいい意味で変えていきたい
“早く社長になりたい、そして会社の事業を通じて社会にいいインパクトを与えていきたい”そんな想いに突き動かされてきたという黒岩氏。同時にその道のりの険しさを「私がいま働いているような、ベンチャー企業で成果を出そうとおもったら、大学の研究と同じで、答えがないモノに必死で答えを見つけ続けないといけない」と断言する。これらの言葉を裏打ちするのはどのような経験なのか。黒岩氏の軌跡を辿る。
―――いわゆる“ITベンチャー”で働く方って学生時代から独学でプログラミングを会得したり、すでに起業されたり、ビジネスや事業に役立つことを色々しているイメージがあります。黒岩さんは学生時代をどのように過ごされましたか。
いまの会社はおもにゲームを事業としていますが、入社するまでゲーム機も買ったことがなかったくらい、関連することはしていなかったです。大学では農学部で“水圏”とよばれる海洋生物の研究室にいて、アサリの研究をしていました。1ヶ月くらい海で合宿しながら、岬で漁をしたり、採ったアサリを1つ1つ調べたり。いまではこんなに肌が白いですが、当時はそんな生活をしていました。
おそらく勉強や研究の知識よりもむしろ、物事に対して全力で取り組む力や、何かをやり切る執念、意地のようなものを当時培ったことが、今の仕事に活きていると思います。
―――アサリの研究から、サイバーエージェントへ。なぜでしょうか。
小さい頃から、経営者だった父親の影響でなんとなく社長になりたいと思っていました。東京で何か大きい仕事をしようとおもったら、父親の仕事は超えたいなという想いはあって。就活を通じてもそれは変わらず、早く自分で事業をやって、その成果を通じて早く社会へのインパクトを出したかったんです。この点、サイバーエージェントは当時から実力があって本人のやる気があれば、比較的若いタイミングで事業責任者や子会社の社長が任せてもらえる文化があったので、そんな社風に魅かれて入りました。
実際、新卒1年目の後半に社長と取締役にいきなり呼ばれて“いまから3000万使っていいからビジネスやってみて”と事業を任せてもらうことがありました。
―――3000万円の事業資金が。なぜ黒岩さんだったのでしょうか。
理由はひとえに、私がずっと“事業責任者をやりたい”と言い続けてきたからではないでしょうか。会社のなかには、“面白い企画を考えるプランナーを極めたい”とか“もっと技術を勉強したい”とか色んな指向をもった人がいるなかで、私はとにかく事業をやりたい、そして将来社長になりたいとずっと言ってきました。他の会社ではこんな任され方はなかなか無いと思うのですが、サイバーエージェントには“自分で言い続けていれば、いつか任せてもらえる”という文化があって、こういった話はよくあります。
この事業には当時マーケットの見込みがあると言われていたFacebookのアプリケーションというドメイン、という指定がありましたが、それ以外はすべて自分で 1から取り組みました。どうやって仲間を集めるか、いつまでにサービスのリリースをするか、いつまでにビジネスとして成立させるかという事業計画も全て。この経験のおかげで人の集め方や開発の知識を身に付けることができました。当時は何もわからないなかでの試行錯誤でしたが、今ではとても有意義だったと思っています。
上の二つの画像は、アプリボットのサービス。コンセプトを考える段階から、企画、
―――事業責任者としてはどのように成長されたと思いますか。
はじめは「事業責任者=全部自分でする人」、と思い込んで、いわゆるトップダウン型の指示をしてしまっていたところがあったのですが、新卒二年目のあるプロジェクトを機に、メンバーのなかの得意なところを活かして、一番得意な人に任せるように変わったと思います。
転機となった新卒二年目「メンバーの良いところを活かすことに徹するように」
二年目のプロジェクトでは50~60名くらいのチームの事業責任者を任せてもらえました。私より皆年上で、経験豊富なメンバーばかりな中で、私はメンバーをまとめてみんなの力を成果にすることがうまくできなかったんです。当時は私一人が何でもやらなければいけないという姿勢でいて。ただ、そんな時でも私に協力してきてくれる人がいたんです。それがとても嬉しくて、全員が協力しあうようなチームになったらめちゃくちゃいいのにな、と思いました。そのため、その次のプロジェクトから、メンバーの良いところだけを活かすことに徹底してアクションをおこしていきました。アプリボットの人はみんな優秀で、何かのスペシャリストだったり、どこかの経験においてとても豊富だったり。そんな優秀なメンバーの“配置”と“ミッション”を考えるところに注力するようにしたんです。
例えば、エクセルを作るのは苦手で、新しい企画をポンポンつくっていくのが得意な人がいるとするじゃないですか。そんな人に対してやりがちなのは、“あなたはエクセルをつくるのが苦手だから、なんとしてでも克服して”と仕事としてやらせてしまうことです。でも、私はチームとして成果が出せれば何でもいいと考えるようにしていて、“むしろエクセルは全然できなくてもいいから、新しいアイデアを出すことをどんどんやってください”という風に、みんなの配置を考えてコミュニケーションをとるようにしました。
―――いままでで最も印象的だったプロジェクトは何でしょうか。
「ジョーカー~ギャングロード~」(以下、ジョーカー)というサービスをつくった時ですね。このサービスをリリースした直後は調子がよくなくて、一度『ダカイ』しようとしたことがあったんです。『ダカイ』というのは、アプリケーションを大きく作り変えて、よりユーザーにうけるものしていくことを意味します。その時は8割程変えながら、サービスの改良を試みました。
当時のアプリボットは、もし「ジョーカー」がうまく行かなかったら会社として潰れるんじゃないかというようないわば危機的な状況だったなかで、20人ほどのメンバーで3ヶ月という短期間でなんとか乗り切りました。いまでは会社を支えるサービスの一つとして、多くのユーザーに楽しんでもらえるようになりました。
自分が会社を、会社が社会をダイレクトに変えていく
「ジョーカー」に取り組んでいた当時の自分とアプリボットの連関がとても強かったように、ベンチャー企業では、基本的に自分の成果と成長がそのまま会社の成果や成長に繋がると思います。さらに、会社の成果や成長が社会にダイレクトに影響を与えていく。だから、なるべく早く社会に対してインパクトを与えたいと思っている人にとって、ベンチャー企業に挑戦するのは良いことなんじゃないかなと思っています。いまの私でいえば、何万人もの人が私たちのつくったサービスを楽しんでくれていることが一定のインパクトを残していると感じられるし、会社が大きくなることで“仕事をつくる”という良いインパクトも生んでいると言えるのではないでしょうか。
―――そういった、ベンチャー企業特有の裁量の大きさから、プレッシャーを背負いながら生活のすべてを仕事に捧げなければいけないというイメージを持っている学生もいます。
確かに自分が責任を持つ重さがめちゃくちゃ大きいし、自分の責任のもとに失敗したり成功したりはします。でも、アプリボットの場合はサイバーエージェントと同様に“挑戦した結果の敗者には、セカンドチャンスを。”という方針のもと、一度挑戦して、失敗したとしても、その人がかけていた熱量とか、誰がみてもその人はやり切ったよね、と思うような失敗の仕方なら、必ず次のチャンスがもらえます。
そして、私は“仕事が第一”という気持ちはありますが、実際の生活では休養もバランスよくとりながら暮らしています。アプリボットでは短い時間で最大の成果を出すことを推奨する社風があるので、決められた時間の中で成果を出す人の方が、評価をされます。24時間働き倒すようなことはありません。
―――今年5月に取締役に就任されて、仕事や環境は変わりましたか。
良い意味で、そんなに変わらないですね。アプリボットの組織が、「カンパニー制」といって各事業それぞれに責任者(プロデューサー)がつく体制となっていて1つの事業が会社のようになっているので、いままで事業責任者を務めてきた自分にとっては、全く新しいことをするわけではなかったです。逆にいうと、アプリボットで事業責任者をつとめる時点で、本当に一つの会社を任されるのと同じくらい大変な経験をするので、私のように将来経営者になりたいという人にとってはやりがいのある仕事だとおもいます。
しいていえば、個々の事業だけ見ていてはわからない、全体の最適化を考えるようになりました。1つの事業のなかでは今あまり成果が出ていない人でも、違う事業で違うミッションのもとで仕事をしたら成果がでるのではないか、など、複数の事業を俯瞰できる立場だからこそできることをしています。
―――最後に、今後の夢をきかせてください。
将来は、ゲームという事業に限らず、とにかく世界中で多くの人に使われるようなサービスをつくりたいですし、そんなサービスをどんどん生み出せる組織をつくりたいです。私はアプリボットをそんな組織にしていきたいと思っています。
―――ありがとうございました。
(取材・文 北原梨津子)