学術

2019年10月3日

【研究室散歩】@高分子ゲル 吉田亮教授 研究の根本は「美」

研究で芸術家のように自己表現

 

吉田 亮(よしだ りょう)教授(工学系研究科)93年早稲田大学大学院博士課程修了。博士(工学)。東京女子医科大学医用工学研究施設(現・先端生命研)助教、工業技術院物質工学工業技術研究所(現・産総研)研究員、筑波大学講師などを経て、01年より現所属准教授、12年より現職。

 

 96年に「自励振動ゲル」を実現した吉田亮教授(工学系研究科)。「自励振動ゲル」は温度やpHなど外部環境の変化に応答する従来のゲルではない。生体の心筋のように自律的に拍動し、一定環境下で周期的な動きをする。このゲルにはBZ反応(化学振動反応)という周期的な反応経路が内蔵されている。BZ反応は生体内の代謝経路として知られるTCA回路の化学モデルであり「自励振動ゲル」が生体のような動きを実現しているのは、生体反応を手本に設計されたからだといえる。バイオ材料システム工学研究室(吉田・秋元研究室)では自励振動ゲルを利用した人工心筋の他、尺取り虫のように自ら歩くゲル、管の収縮が波として伝わることで管内の流体や物質が移動する人工腸、ゾル―ゲル振動する人工アメーバなど、新材料としてのゲルを幅広く扱う。

 

吉田・秋元研究室では、生体の機能を代替・模倣する材料やシステムを、高分子ゲルを使って人工的に設計することを試みている。図はその代表的な例。将来的に医療に貢献する新しい材料システムの創出を目指す(図は吉田教授提供)

 

 これまでのゲルにはさまざまな課題がある。その一つが酸性溶液中など限られた条件の下でしか反応が進行せず、ゲルがうまく機能しないことだ。しかし、少なくともゲルの内部だけが酸性であればいい。吉田教授は、ゲルの外部環境は生理条件でありながら、ゲルの内部環境を反応条件に保てるようなシステムを構築し、医療への貢献を目指す。

 

 現在は高分子ゲルの研究を行う吉田教授だが、学部生時代は透析やろ過の機能を持った人工臓器に使われる膜の研究をしていた。大学院生の時、共同研究生として派遣された東京女子医科大学の研究施設(現在の先端生命医科学研究所)で、体温上昇などの刺激に応答する高分子ゲルを用いた薬の送達システムに関する研究課題が与えられたことを契機に、ゲルに対する興味を持ち始めたという。その後、ゲルが硬い金属などとは異なり、内部と外部の間で物質やエネルギーのやり取りができることに目を付け、刺激応答性ゲルとは異なる、生体内で見られるような自律性を持った周期的なシステムの設計を試みるように。「学生時代は化学工学が専門だったので高分子ゲルを研究することになるとは思いもしませんでした」と吉田教授は話す。当時の研究室は自由に研究できる雰囲気があり、また現在も第一線で活躍している多くの人たちとの出会いがあったことが研究者を志す決め手となった。

 

 大学で研究をする上で苦労するのは、研究と学生の教育の両立。毎年学生が入れ替わる中で、教育を行いながら研究のレベルを保つのは大変だという。一方で毎年博士号取得者を輩出しており、その多くがアカデミックポジションで活躍している。「研究室に所属していた学生にとって自分が重要な役割を果たしたことに充実感を覚えます」

 

 吉田教授は「研究者が何を美しいと思うかという美学に、なぜその研究を行っているのかの根本があるように思います」と話す。例えば化学の分野では分子構造そのものが美しいのか、規則正しく分子を並べることが美しいのか、静(平衡状態)が美しいのか、動(時間的な変化)が美しいのか、というようにあらゆる美の対象があり、それぞれが研究テーマとなる。「研究者の誇りを感じる研究を見たとき芸術作品に触れたように感動します。研究を通して芸術家のように自己表現ができるところにやりがいを感じますね」

 

 研究室のメンバーは毎年15人程度でコミュニケーションが取れた良い雰囲気だという。メンバーの中には吉田・秋元研究室に配属されるまで全く違う分野を専門としていた学生も。進路は多岐に渡るが、化学系の企業への就職が多い。

 

 今後も細胞と類似する物性を持つゲルを利用し、細胞と同等の機能を持つ材料を作りたいという思いがあり、将来的には人工生命体を作る研究がしたいという。「大学の研究者である以上、企業が行うような製品化とは違う形で、社会に貢献するような研究ができたらいいですね」

 

 これから研究を志す学生には「オリジナルな仕事」をしてほしいと話す。先人の研究を追従するのではなく、概念を根本から確立しようとする姿勢が、研究者として独立し研究組織を持ったときに生きてくるという。「何が独創的で先駆的なのかを見分ける目を養ってほしいです(鏡有沙)


この記事は2019年9月24日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。

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